第3話 ありふれたデートたち
付き合い始めた僕たちは、毎週と言っていいくらい色々なところに出掛けた。映画館、水族館、遊園地、あらゆるデートスポットを巡った。最初の僕には恋なんて分からないという思いとは裏腹に、彼女とはどこに行ってもとても楽しかった。これが恋なのかな、なんて思ったりもした。そんなことは全く始めての「恋」は、僕の生活をカラフルにして、初めて活字以外の喜びを与えてくれた。
少し早めに待ち合わせ場所に行って、彼女のことを考えながら待つ。その時間はずっと続けばいいのにと思えるくらいに素敵で、その後のデートは何にも変えがたい喜びだった。僕の人生で最も幸せな日々であったと言っても全く差し支えないくらい濃密で特別な時間であった。
そんなありふれているけど幸福な彼女との恋人関係も板についてきた、10月のある日、僕はいつも通り彼女と映画を見に行っていた。流行りのサスペンス映画で、映画館は多くの人で賑わっていた。サスペンスがあまり好きではない彼女を、原作のファンだった僕が半ば強引に見ようと言って彼女を説得して今日は来ていた。
「楽しみだね。伏線が張り巡らされていて、二度見たくなっちゃうんだって。」
なんて当たり障りないようなことを僕が言うと、彼女は少し悲しそうに、
「二回も同じ人が死んじゃうところ見るなんて辛いね。」
と言った。その時は、ただ彼女が純粋で心優しい人なんだとばかり思っていた。しかし、今考えてみるとそれは彼女の心からの叫びだったのだろう。
映画は評判通りの面白さで、原作のファンだった僕はとても満足していた。彼女も楽しそうにしていたのだけど、その後入った喫茶店で映画の話をしている時は何故だか何だか浮かない顔をしていた。
「殺人は辛いね。」
彼女はそういうばかりで、犯人の動悸、トリックなんかには全くと言っていいほど興味を示さなかった。というよりもむしろ、拒絶しているようにも見えた。そんな彼女を見ていて辛くなってしまった僕は故郷の話を始めた。これは僕が上京してからずっとしている定番の話だった。東京の人たちにとって、電車がないとかそういうのは想像の出来ないことらしかった。特に彼女はその話を喜んで聞いてくれていた。ゆったりとしている所が好きらしかった。彼女には電車がないことの不便さなど見えていないようだった。ただのコンプレックスだった話で喜んでくれるのに、出会った頃は驚いていた僕も、何回も話しているうちに嬉しくなっていた。僕にとってのつまらないことも、誰かにとっては魅力的な話なのだと思って何だか嬉しくなっていたのだ。
そんな些細な発見ですら、彼女とならば嬉しいようなそんな気がしていた。
そういえば当時は些細なことだったのであるが、彼女はデートでもいつも黒い服を着ていた。こだわりと片付けてしまえばそれまでである。世の中、黒ばかり着る人なんていくらでもいるのだから。それでも、ちょっと気になってしまって、
「他の色の服を着たりしてみないの。」
と僕は時折聞いてしまっていた、そんな時、彼女は決まって、
「今は、そんな気分じゃないんだ。」
とだけ言った。それを聞くと、服に特にこだわりのなかった僕は本人が着たいもの着るのが一番だろうくらいに思ってしまい、その気分についてなにも聞くことが出来なかった。今思うと聞くのと聞かないのどちらが正しかったのかは分からない。しかし、それについて知ろうとするべきだった。まがいなりにも、交際関係にあった僕は尚更そうするべきに違いなかったのである。
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