ご相伴に預かります
土屋シン
ご相伴に預かります
とある騎士が従者を引き連れ、重たい顔で馬に揺られていた。その日は山あいの狭い街道に賊が出るというので、朝からずっと警邏に出ていた。だが、夕暮れになっても賊の気配は無かったため、夜中に山道を通る者は居ないだろうと街に引き返すことにした。騎士は1日中、馬に乗り疲れ果てていた。引き連れている従者たちも皆同様に疲れの色を示していた。
騎士は馬に揺られながら、夕日が向こうの稜線を照らすのをぼんやりと眺めていた。すると、赤く照らされた山肌に建物らしき何かがあるのが見えたので、従者に望遠鏡で確認するよう指図した。
「どうやら、小さな家のようですね。空き家でしょうか」
「賊が拠点として使っているかもしれないな。街に帰る前に少し調べて行こう」
騎士がそういうと従者は目を擦り、もう一度望遠鏡を覗き込んだ。
「家の前に人がいますね、どうやら猟師の家のようですよ」
そう聞いた騎士は従者から望遠鏡を奪い取った。長い筒を操作し、ピントを合わせると家の前に人がいるのが確かにわかった。その人影は家の中をしきりに伺っているようであり、手元には光るものがあるように見えた。
「いや、あれは賊だ! 刃物を持って中の様子を伺っている。あの家で強盗を働く気だ!」
騎士は従者にそう言って馬に鞭を打った。
結局、騎士たちが件の家に着いたのは、すっかり日が暮れてからであった。
従者がドンドンと木戸を叩き、他の者は剣に手をかけてにその様子を伺う。
「もしもし、誰がいないのか! 戸を開けろ!」
従者が戸を破らんばかりに叩いていると、中から野太い声がした。
「今出るから、そんなに強く叩かないでおくれ! 壊れるだろう」
そう言ってランプ片手に出て来たのは、モシャモシャに髭を伸ばした男であった。
「おや、騎士様方、こんなところに何の御用でいらっしゃったのですか?」
「向こうの山からこの家が見えてな。主人がこの家に押し込み強盗が入ろうとするのを見たと言うのだ」
「そりゃ、恐ろしい。でも、うちは大丈夫ですよ。妻も子どもも皆無事です」
「本当か? それなら良かった。男がいるのを見て、賊は諦めたのだろうな」
従者がそう言うと、後ろから騎士が声をかけた。
「お前のランプを持つ袖口に付いているのは血ではないか⁉︎ お前こそが賊で、この家の主を騙っているのではないか?」
「嫌ですね、ご主人。この血は、今日が上の子の5つの記念日なもんで羊を潰したのですよ。お疑いなら家の中を覗いてください。自慢の妻と玉のような子が2人ばかし見えるはずですよ」
ならばと髭の男を見張らせて、騎士が従者の1人と中へ入ると、食卓には揺らめく灯りに照らされた美しい女とその女によく似た子供が2人いた。
「あら、お客様? 丁度よかったわ。あまり大きな羊だから余らせてしまうかと思って。よろしければ、外の方々もご一緒に食べていきませんか?」
女に艶っぽく語りかけられ、従者はニヤニヤとした顔で主人を見つめた。
「それでは、ありがたくご相伴に預かります」
騎士がばつの悪そうな顔でそう返事をすると、髭の男が丁度、他の者を連れて入ってきた。
椅子の上にちょこんと座らされていた子どもが嬉しそうに言った。
「今日は羊さんがいっぱいで嬉しいなぁ」
ご相伴に預かります 土屋シン @Kappa801
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