第3話
バイトの最終日の帰り道、ママのバッグには総合展示場の打ち上げでもらったお菓子が入っていました。それとトコには子ども用の星のビーズの髪留めも。
「一週間宝石を売るお仕事でいないからお利口にお留守番してて」
そう話した時、トコは目を丸くしてじっとママの眼をのぞき込んでいましたが、いつになくしっかりとコクンとうなずきました。朝からの両親のやり取りを聞いてママの真剣さを感じ取っていました。それにトコはキラキラ光る宝石の中で仕事をしているママを想像してうれしくなったのです。だから、お絵かき帳にダイヤの指輪やティアラを被った王女様の絵をたくさん描きました。その時トコの瞳も宝石のように輝いていたのです。
駅でママが列車から降り、家に向かおうとした時、帰宅中のパパが気付き、声をかけました。いつもパパは六時半に駅に着くのですが、ママがバイトから戻って来るのは五時半過ぎのはずなので、少し驚いて
「どうしたの? 今日、少し遅いじゃん。ベビーシッターさんは大丈夫なの?」
ママが契約したベビーシッターは二人で、保育士の資格はあって現在仕事をしていない主婦と保育科の卒業を控えた学生が交互に来ていました。二人ともとても感じが良く、子どもの扱いにも慣れていたので、最初は渋い顔をしていたパパも認めざるを得ませんでした。
それに最近はヒロキもトコを置き去りにしたりせず、二人仲良く遊んでいました。布団の中で「今度はゼッタイお兄ちゃんを逃さない」と寝言を言ってパパやママを驚かせたトコの話は今では笑い話でした。
「今日は最終日だから片付けや打ち上げの準備があって、ベビーシッターさんには一時間延長してもらったの」
「え、こんな時間まで残ってもらったんだ」
「正確には六時半まで。今日は学生さんの方でこれから別のバイトがあるみたいだから、それ以上延ばせなかったの。でもリクは眠っていてトコもジュースを飲みながら大人しくテレビでアニメを見ている所だって言うから大丈夫よ」
「じゃあ急ごう」
その時二人は駅前の夕焼け空がいつにも増して赤いのに気付きました。でも秋が近づいているからこんな色なんだねと話すだけでした。そのうちまるで秋の野焼きのような香ばしい匂いが風に乗って漂ってくるので、不思議に感じていました。すると見覚えのある女の子が二人こちらに向かって全速力で走って来るのが見えます。周囲を見回すと町の雰囲気はざわついています。女の子の一人はアパートの右隣の家族で、もう一人はその友達でした。女の子は「アパートが火事です、ヒロキ君は公園で遊んでいたのでそのままウチの家族と公園の中で避難してます」と伝えました。
二人は地面がぐらついた気がしました。「トコとリクは?」
「二人といっしょじゃないんですか?」
その後、足に全く力が入らない中、二人の女子中学生に支えられるようにして何とかアパートまでの道を走りました。気が付けば消防自動車が心を切り裂くようなサイレンを鳴らして街を疾走しています。
やがて着いたアパートは一家の住む左半分に火が燃え広がっています。風に
やっと完全に消化作業がされ、消防士が安全確認を始めると、まだ許可されてもいないのにママは駆け出してアパートの中に無理矢理入って行きました。そしてわが家の入口に転がっている焼け焦げて真っ黒になったリボン付きサンダルを見て、気を失い、そのまま半日眠り続けたのです。
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