第2話

 気怠けだるい授業を聞きながらぼんやりと外をながめる。

 理科室を探索したあの日、カズナリは消えてしまった。

 悪ふざけと思っていたが結局けっきょくその日は家に帰って来なかったらしい。

 担任からは事件に巻き込まれた可能性もあると説明があった。

 教室からは相変あいかわらずあの旧校舎が見える。


(確か理科室はあの辺りに…)


 ギョッとした。

 その理科室の窓に人影が見えた気がした。

 もしかしてカズナリなのか。


 その日の放課後、大半の生徒は部活動にいそしむ中一人で旧校舎へと向かう。


「ったく、世話の焼けるやつ」


 ペンキのがれた玄関からぼろぼろの下駄箱げたばこを無視して理科室に向かう。


「おーいカズナリー、いるのかー」


 返事はない、が、理科準備室のほうにかすかに人の気配を感じる。

 そっと近づいてみるとドアについた窓越しにカズナリの後ろ姿が見えた。


「おい、カズナリお前なにやってんだよ」


 呼びかけに応答はない。体育座りでうつむいたままだった。


ガチャガチャ

「おい、ここあけろよ!」


 内側から鍵が掛かっているのか理科準備室に入るドアは開く気配がない。

 カズナリも相変わらず返事を返す気がない。


「あぁそうかよ」


 不安と苛立いらだちから気持ちが最高にたかぶっていた。

 近くにあった木製のイスを拾い上げると思いっ切りとびらに投げつけてやった。

 扉は開かなかったが盛大せいだいな音とともに窓ガラスが割れた。その勢いでさらに思い切りドアを蹴破けやぶった。

 パキパキと辺りにガラスが落ちる音が響く。

 そんな状況でもカズナリは無反応のままだった。


「なにしてんだよ、早く出ようぜ、こんなところいつまでもいたってしょうがねえだろ」


 そう言うとカズナリはうつむいたまま立ち上がる。

 するとその場に倒れこんでしまった。


「お、おい」


 違和感いわかんがした。

 倒れたカズナリのうしろ、今まさにカズナリが立ち上がった場所に女が立っていた。

 さっきのカズナリのようにうつむいた状態で。

 言葉が出ないとはこのことだった。

 思考は止まり、ただ目の前の映像を目に焼き付け続けている。

 まばたきすら命取りのように感じた。

 その女が青白いという感想を頭の中で反芻はんすうしていると沈黙ちんもくはすすり泣く声に破られた。

 他の誰でもない目の前の女からだ。

 すると思いのほかはっきりとした声が聞こえてきた。


『さびしかった』


思考はまだ追いついて来ない。


『ずっと、ずっと一人だった。寂しくて、外に出たかった』

「あ、あぁ」

『ありがとう。本当に、ありがとう―――』


 女はすうっと消えた。

 ひざから力が抜けてぺたんと尻餅しりもちをつく。


「なんなんだよ…」


 気が抜けて周りの音が聞こえるようになると旧校舎の外が騒がしくなっていることに気付く。

 冷静れいせいに考えると旧校舎とはいえガラスの割れる音は外にも聞こえたのだろう。


「やば、逃げねぇと」


 その時はじめて腰が抜けて動けないことに気付く。


「…だせぇ」

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