1.5.事務室
燭台の明かりを頼りに暗い廊下をしばらく進んでいると、曲がり角が現れた。
そこからは光が零れていたので、すぐに燭台の光を消す。
あれが太陽の光であればどれだけ心強かっただろうか。
切れかけで不調の蛍光灯が、まだ警戒を怠るなと警告を発しているようだった。
「何か聞こえるかい?」
「ちょっと待ってください……」
小さな声で梶原がそう聞いたので、万巳も耳を澄ませて遠くの音を拾ってみる。
こういった場所で音を聞くというのは非常に重要な事だ。
今二人は誰かに見つかってはいけない存在。
その緊張感が、警戒心をより一層強めていく。
張り詰めた状態で耳を澄ませてみたが、幸いにも何かが動いているような音は聞こえなかった。
梶原の肩をトントンと叩いてこちらを向かせ、小さく頷く。
音は聞こえなかったが、できるだけ声は発したくない。
彼もまた小さく頷き、足音を立てない様にして曲がり角に近づいていく。
壁際から覗き込むが、やはり何かが居るという雰囲気はなく、蛍光灯のジジッという音だけが聞こえている。
本当はもっと動きたいのだが、先程消した燭台が彼らの行動を制限させていた。
蝋燭一本が燃え尽きる時間はまちまちだが、この燭台に使われていた大蝋燭は号数が二十号の物だという事が分かっている。
これは大体九時間程の燃焼時間を有するので、蝋燭を交換しに来た人物がいるはずだ。
蝋燭の長さからして、大体四時間ほどは燃えていたのだろう。
それ程にまで長い時間この場所に留まるという事はないとは思うが、人を拉致する人間の考えている事など分かった物ではない。
まだ近くにいる可能性だって十分にあるのだ。
因みにこの知識は梶原が知っていた。
蝋燭の太さで号数を理解し、長さから何時間燃えていたのかということまで把握している。
彼の言った通り、知っていることが多ければ解決できることも増えるという言葉は間違っていないのかもしれない。
「……」
「……?」
梶原が遠くを指を差す。
どうやら見てみろと言ってくれているのだという事が分かった万巳は、ゆっくりを壁際から顔を出して確認してみる。
すると、そこには扉があった。
小窓が付いており、その中からも光が零れだしている。
部屋の電気が付いているという事は、やはり誰かがいるのだろう。
警戒心を強めたところで、梶原がゆっくりと扉に向かって歩きだす。
それに続こうと思ったが、片手で制止されてしまった。
彼は既にこちらの方を見ていないので、表情で訴えることも出来ない。
渋々と後ずさりし、彼の様子を見守る。
梶原はゆっくり壁に背中を付け、小窓を少しずつ覗いていく。
流石探偵なだけあって慣れているなと思いながら、彼の表情とその先の曲がり角を警戒する。
足音がしないので誰かが来ると言った様子は無いようだったが、それでも心配になるものだ。
暫くすると、梶原は完全に顔を小窓に張り付けて中の様子をじっくりと観察していた。
その後、手招きをして万巳を呼ぶ。
彼女が梶原の元に来たと同時に、音を立てないようにして扉を開けた。
どうやら中には誰もいなかったらしい。
そこは事務室のような場所ではあったが、中にある物は非常に少ない。
大きな棚と薬品棚が一つずつ。
後は机に椅子が並べられているだけの簡素な部屋だった。
必要最低限の物しかないという印象を受けるが、薬品棚がある意味が分からない。
気になって中をまさぐってみると、小さな怪我などにも対応できる絆創膏や、骨折などの対処をする為のギブスや包帯などが大量に仕舞われていた。
できるだけ長く生き永らえさせる為であれば、こんなものより食料をため込んだ方が利口なのではないかと思ったが……。
「……」
「万巳さん。これの中に君の荷物はあるかい?」
「えっ、あ……!」
薬品箱を気にしていて、机の下にある物を見逃していた。
そこには数人分の荷物が乱雑に置かれており、その中に万巳の持っていた鞄もある。
急いで中身を確認してみるが、特に何か取られたという事はなく、財布も履歴書も無事だった。
梶原は他の鞄を調べているのだが、その表情は何か納得がいかないという事が見て取れる。
「あの……」
「おかしい」
「え?」
「全ての鞄の中に財布や貴重品が入っている。まるで、荷物には興味がないと言っている様な……」
それを聞いた万巳は、後で取りに来る予定なのではないだろうかと心の中でつぶやいた。
逆に拉致監禁をして犯人が要求する物なんて金に決まっている。
精々足が付かない様にそれにはまあ手を付けていないだけなのだろうと考えていた。
だが梶原は、この犯人が金目当てではないという事がなんとなくわかっていた。
その理由は貴重品の中にあった免許証や資格証。
身元が分かる様な物を何個も見てその考えに至っていた。
ここにある荷物は全てで二十四個。
後二人は自分と万巳であるので、二十二人の行方が今現在分からない状況にある。
そして今まで通って来た道には牢こそあれど人の姿は一切なかった。
自分たちの荷物がここにあるという事は、これ全ては拉致監禁された者の私物なのだろう。
更に荷物を触っていて分かったことだが、暫く放置されている物だという事が分かった。
使われなくなった鞄の独特な触り心地。
良い鞄であればある程、それが謙虚に現れる。
梶原は鞄の中から一つ一つ身分の証明になるものを集めていき、自分の鞄の中に突っ込ませた。
本来はやってはいけない事だが、ここから脱出した時彼らを探さなければならない。
彼の持つ正義が体を動かしていた。
「何してるんですか」
とは言え、傍から見れば異様な光景だという事には変わりが無かった。
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