1.6.危険な合流


 梶原の奇妙な行動を指摘した後、万巳は此処が何処か分かる資料があるかもしれないと思い、書類棚をざっと見ていく。

 一つ一つの資料がクリアファイルやレバーファイル、パイプ式ファイルなどに丁寧に挟まれている。

 埃などもないようで、この資料は頻繁に取り出されているという事が分かった。


 タイトルを見て目ぼしい物が無いかを探してみる。

 探すのに少し時間がかかってしまいそうだったが、目を通す時間はあるはずだ。

 できればこの施設の見取り図が欲しい。

 そう思って指で資料をなぞりながらタイトルを読んでいく。


 だが、そこに書かれていた物は全て常軌を逸していた。

 到底日常生活で使用する様な単語ではなかったからだ。


 医術関連の本から始まり、それは皮膚の構造を記した物であることが分かる。

 骨折の治療方法、切り傷の縫い方、重要な臓器の仕組み。

 人体構造、動物の皮の剥がし方、内臓の処理方法。

 崇拝の手順、生贄の運搬を記した方法、活動記録、人間の皮膚の剥がし方。

 拉致監禁場所、神の召喚方法、今まで生贄にしてきた人物の詳細と親族、更に崇拝者情報。


 まともな物は前半にしかなく、他は恐ろしい名前のファイルばかりが書類棚に並んでいた。

 一体何に使うのか、その書類を見ても未だに理解できない自分がいる。

 ふと、おもむろに人間の皮膚の剥がし方と書かれたレバーファイルを手に取ってみた。

 プラスチックでできた表紙を捲り、中にあるであろう書類に目を通そうと見てみると、そこには絵ではなく生まなしい写真が貼り付けてあった。

 詳しく見たわけではないが、明るい場所で撮られていたのか色からして人のがであろう皮がべろりと捲られている写真であったことは分かる。


「ひっ!」


 すぐに手を離して一歩身を引いてしまった。

 あんな悍ましい写真を見て耐えれるはずがない。


 レバーファイルが硬い地面に落ちる音が聞こえるはずだったが、梶原が何とかそれをキャッチして阻止した。

 小さく息を吐いた彼は、すっと立ち上がって中身を見る。

 眉を寄せてその異常な写真を見ている様だったが、ページを捲って他の物も見ていた。

 慣れているのか、それとも鈍感なだけなのか。

 自分は見ていないのにも拘らず、次のページにある写真を想像して少し気持ちが悪くなる。


「な、なんなんですか……それ……」

「タイトルにもある通り、人間の皮膚の剥がし方だよ。それも生きたままという条件でね」

「い、い……生きた……まま?」

「察するに、俺たちはあのまま牢にいたら生きたまま皮膚を剥がされていただろうね」

「いや、でもそんな……」


 否定したい。

 そんなことが出来る人間なんているはずがないと彼の今しがた言った言葉を全力で否定したかった。

 自分がそうなる運命にあったかもしれないと思うと、背筋がぞっと凍り付く。


 梶原はそんな彼女を見て、首を振ってから淡々と言葉を続ける。


「有り得ない、不可能だ、そう思うかい?」

「……」

「その考えは間違っちゃいないよ。君の常識を超える常識があるってだけでね」


 有り得ない事があっても、実際にそれが起こってしまったら有り得ないという言葉は使えない。

 この状況でもそうだ。

 人が昔話の様に生贄を用意して神に捧げるなど、今のこの現代日本では有り得ない事だと思っていた。

 だが今こうして自分が生贄にされようとしている。


 頭では理解していても、何故かそれを飲み込むことが出来ない。

 そもそもなぜ梶原はこうも冷静でいられるのだろうか。

 そっちの方が不思議で仕方がなかった。


「っ!」

「!? え、な、なんですか……!?」


 突然低姿勢になって構えた梶原。

 その動きに驚いて、つい少し大きな声を出してしまう。

 それに気が付いて口を覆うが、時すでに遅し。

 万巳もようやく廊下から響いてくる足音に気が付いた。


「シーッ」


 口の前に人差し指を置いて、歯の隙間から息を吐く。

 その後、袋に入っている棒を取り出して腰に携えた。


「!?」


 声こそ出さなかったが、取り出された物を見て酷く驚いてしまう。

 それは何処からどう見ても日本刀のそれ。

 ベルトの隙間に携えて、チンッと鯉口を切る。


 静かに、というジェスチャーは声を出すなという物ではあったが、これを見せられるとどっちの事を言っているのか分からなくなる。

 とは言え心強い事に変わりはない。

 数歩下がって足音の主を撃退してくれることを切に願う。


 扉の小窓から見えない位置に陣取り、鞘に手を置いて構える。

 万巳もその場から離れて邪魔にならない様にしておく。


 外から聞こえてくる音はこちらに近づいてきているようだった。

 警戒心も何もない足音を聞くに、その人物は自分たちの敵である可能性が非常に高い。

 完全に過剰防衛になってしまうだろうが、この場所でどのような傷を付けられても相手は警察に届け出を出すことは出来ないだろう。

 その事を見越した上での行動だ。


 カチャ、キィ。

 ドアノブが回されて誰かが中に入ってくる。

 その瞬間梶原は横に身を乗り出して抜刀。

 居合の要領で踏み込んで相手の喉元に刃を振るう。


「っ!」

「あぶねっ!?」


 反射的に抜き放った日本刀だったが、それは彼の目前でぴたりと止まった。

 入ってきた人物もようやくその刃に気が付いたのか、驚いた声を上げて身を引く。


 とりあえずこれで敵の動きを封じることが出来たと思った万巳は安堵したが、梶原は向けた刃を鞘に納刀してしまう。

 何故、と思って声を出そうとしたが、その前に入ってきた人物と梶原は拳と拳を突き合わせる。


「またお前か」

「それはこっちのセリフですよ。八樫さん」


 どうやら彼らは、知り合いであるようだった。

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