1.4.遅れた到着
誰もいなくなった牢屋。
鍵は開けられていて扉も開けっ放しだが、錆びついているせいで自動的に閉じてしまうという事は無かった。
しんと静まり返るその空間に、ベシャッと誰かが落ちてくる。
文字通り落ちてきたのだ。
天井もあり、壁もあって外の景色などは見れない。
だが落ちて来た人物は床と天井の真ん中あたりで出現したと同時に、重力に逆らうことなく地面にへばりついた。
「ぐがッ!?」
約一メートル五十センチほどの高さからうつぶせの状態で地面に落ちた男は、受け身など取れるはずもなく顎や腹、腰、膝などを強く打ち付けることになった。
もんどりを打とうにも痛みで転がれない。
じーんと伝わってくる痛みを歯を食いしばって堪え、ようやく動けるようにまでなった時にのそりと体を持ち上げる。
まずは現状確認。
ここはどうやら牢屋であるという事は分かったが、奴の言っていた面白い子は見当たらない。
牢が開いている所を見るに、既にここから脱出したのだという事が分かった。
ここに連れてこられてそこまで良い判断ができるという事は、足手まといにはならなさそうだ。
そう判断した八樫駿河は、服についた汚れを手で払いながら立ち上がる。
まずは人を探さなければならない。
できれば犠牲者を。
彼とてここがどういった場所なのかは理解できないが、おおよそ碌でもない所だという事は理解できた。
あいつが連れて来たのだ。
それ相応の危険が伴い場所だという覚悟はしておいた方が賢明だろう。
打ち付けた部位の痛みが柔らかくなったことを確認した八樫は、開いている牢から出て周囲を確認する。
この中にいた人物が何処に行ったのかをまず探さなければならない。
経験がある者なのであれば、賢明な判断を下すことが出来るだろうが、始めてくる者は冷静ではいられないはずだ。
できるだけ早く合流し、助け出さなければならない。
だが牢を出たところで、既に問題にぶち当たっている。
左右どちらを見ても暗い廊下が続いており、彼らが何処に向かって歩いていったのかが分からなかったのだ。
間違った方角へ進んでしまえば、助けられる可能性がぐんと下がってしまうだろう。
何かないかを地面をじっくりと見てみるが、コンクリートの廊下に足跡なんかがつくはずもない。
近くにいれば音を頼りにすることも出来ただろうが、自分が到着するより先に出ている時点で声の届かない場所にいるという事は分かった。
さてどうするかと悩んで顎に手をやる。
後頼りになるのは……人間の心理。
出口が分からない以上、とりあえずこっちに行ってみようと歩きだすのは必然だ。
右手の法則に従って行くのか、それともなんとなく出口の気配がすると歩いていくのか。
その心理を見極めることが出来れば、彼らの辿り着く可能性は上がるはずである。
そこで駿河が目に付けたのは、牢の扉。
中から見れば左の方に鍵が付いているので、開ければ扉が右に開く。
牢というものは、逃げられることを想定してはいない。
扉のついている向きから出口を見極めるのは非常に難しいが、こういう扉のつき方の場合、人は自然と左側に足を持って行く。
扉が右に開くのだからそれは当たり前の事なのだが、彼らがとても逃げたいと思っている場合、足を踏み込んだ左側にもう一歩また足を踏み込むはずだ。
「多分」
確証などないし、これは駿河の自論である。
そもそも人の考えていることが全て理解出来たら何も困ることは無いのだ。
昨日の浮気調査だって、心が読めれば旦那に会うだけで済むのだから。
とは言え、それを信じてはくれなさそうではあるが。
八樫はとりあえず左に進むことにした。
これで間違っていたら恥ずかしいなと思いながら、足音を立てない様に暗い廊下を歩いていく。
その途中、回収されたであろう燭台の跡を見つけた。
これで彼らがどの方向に行ったのか確信できたので、少しほっとしながら同じ歩調で歩いていくのだった。
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