始まりの部屋
1.1.最悪な一日
雪が深々と降り積もる中でも、町の営みは変わらない。
例え夜であろうとも人の往来が所々見て取れる。
だが暗い夜道を照らす街灯が雪明かりの美しさを損なわせた。
人工物は自然の美しさをかき消してしまう。
見上げれば星空が広がっているが、街灯の明るい光により本来の美しさは半減されている。
しかし子供が作ったであろう小さな雪だるまが、道に花を咲かせている様だ。
人の往来によって踏み潰された雪が、一人の女性によってもう一度踏み固められた。
肩をガックリと落としながらスーツ姿で歩くその様は、誰の目から見ても何かあったのだろうと察することができる。
「はぁ……」
白い息を吐きながら、大きなため息をつく。
肺の中に一度入った冷たい空気が、今の気分を凍らせて少し楽になった気がした。
とは言え気がしただけなので、実際には気分はどん底である。
彼女はつい先日まで新社会人として社会に貢献してきた。
だが突然首を切られて今は無職。
どうしてこうなったのかと思い返してはみるが、特に思い至らないというのが辛い所。
何故クビになったかという理由が分かりさえすれば、少しは次の場所で気を付けることが出来るとは思うのだが……。
そんな事を考えながら、先程の面接場所での光景を思い出す。
特に緊張している訳でも、何か変なことを言ったという訳でもない。
だというのに今日だけで三つの会社を面接で落ちている。
高校を卒業して大学に行くときにだって似たようなことがあった。
あまりにも落ち続けるので履歴書を十枚書いたほどだ。
今もカバンの中に六つの履歴書が眠っている。
「……とりあえずアルバイトから始めようかなぁ……」
とは言え大学でもアルバイトを始めようとして何度も面接を落ちた記憶がある。
何がいけないのか本当に分からない。
もう面接などしなくていいと、就職先が決まってどれだけ喜んだことか。
それも今となっては昔の栄光だが。
とりあえず帰路につくことにしよう。
喫茶店でこんな時間までうだうだとしていたのだ。
もう顔を覚えられていてもおかしくない。
最悪な一日。
まさにそう形容せざるを得ない程の嫌な気持ちが今日だけで溜まっていく。
帰って寝て、明日はゴロゴロしよう。
幸いお金は貯金してきたのがあるので、暫くは遊んでいられる。
とは言え手に職が無いというのはここまで将来を不安にさせる物なのかと驚いてしまう。
できるだけ早く職を探そう。
そう思いながら、雪の降る夜道をトボトボと歩いていった。
ズムッ。
「うえ?」
妙な物を踏んだ感触がして、変な声が出る。
すぐに足元を見てみるが、そこにはなにもない。
周囲を確認してみても、白い雪ばかりで特に気になるものは無かった。
気のせいだったのだろうか。
だが足に残るこの妙な感触は何なのだろう。
首を傾げながら前を向いた瞬間、今度は足を掬われた。
「キャア!」
突然の事に受け身を取ることが出来ず、咄嗟に両手を地面に突きだしてしまう。
どうやら雪に足を滑らせてしまったようだ。
「最悪……」
痛む手を庇いながら、また目を閉じてはぁ、と大きなため息をつく。
寒いし痛いし、もう早く帰りたい。
そう思って前を向くと……。
「え?」
そこに道はなかった。
あるのはただただ白い壁。
銀世界とも呼べるそんな白い空間を目にした刹那、彼女の意識は暗転した。
だが、意識を手放す前にふと声が聞こえた気がする。
全てを聞き取ることは叶わなかったが、一部だけは聞き取ることが出来た。
「手間かかるぅ~」
子供っぽいような無邪気な声だけが、頭の中に残っていった。
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