第59話 同志求む

「とはいえ、いくらなんでも図書館学の研究者が増えないと趣味の域を出ませんよね」

「そうですね・・・」


今図書館学会もなければ研究者も1人。これでは論文を書いても評価する人がいない。

研究を始めるとしてもとどのつまり同分野の研究者がいないと、研究の分野として成立させるのは難しい。ずっと1人でやっていては趣味の範囲をなかなか出られず、研究として評価されづらい。専門家がいて、評価する人がいて初めて学問としての研究は成り立つ。


目下研究を進めるとともに研究者を増やすということも課題となる。


「興味を持ちそうな人に声をかけてみます」

「研究をしそうな人、いますかね〜」


不安げな楓にフェルナンは心当たりがあると答えた。


⌘⌘⌘⌘⌘⌘


翌日、フェルナンはいつもよりも早く講義室に着いた。誰よりも早く来るだろうある人を待つために。

予想していた通り、講義室に来たのはその人だった。


「なんだ、今日は一番乗りじゃないか」


フェルナンの心当たりとは、前職の先輩であるモーリス・ボーモンだった。そもそもフェルナンが彼を司書専攻に誘ったのも、研究者になる事があれば引き込もうと思ってのことだった。


「今日はちょっと用事がありまして。まあ、用事といっても先輩に用があったんですが」

「俺に?なんだ」

「本当に図書館学を研究してみようかなと思ってまして」

「そんなこと言ってたな」

「他に図書館学を研究する研究者を探してるんですが、先輩もやってみませんか」


司書の勉強は図書館法などの新しいこともあるが、図書館で働いていたという貯金のおかげで課題には苦労しない。若人たちより余裕がある分、片手間に研究も可能だ。


「まあ調べたいこともあるし、いいだろう」

「よし、1人確保」


予想通り色良い返事をもらえて嬉しそうに顔を綻ばせたフェルナンに、モーリスは尋ねた。


「他には声をかけていないのか?」


研究者を増やしたいにしても、2人だけでは意味がなかった。もう1人2人いないといけない。


「まだ声かけてません。誰か興味持ちそうな人いませんかね」

「ふーん、じゃあジョス・ペルラン伯爵は?」


ジョスはモーリスにとって前職の先輩であり元上司だ。フェルナンとはあまり接点がなく、ジョスが王立中央図書館副館長となったのは介護離職をした後のこと。人となりを知らない彼に声をかけることは考えていなかった。


「興味、持ちそうですかね?」

「この歳になってさらに勉強しようなんて考えるくらいだ。興味を持ってもおかしくないんじゃないか」


ジョスは定年で王立中央図書館を退職した。一つの職場で働き続けるのだって簡単ではなく、長年働いたのだからゆっくりしたいと思うのが普通だ。

そんな中、学校に通い勉強をしようと思う物好きはそういない。


「案外声かけたら乗ると思うぞ」


何より今は人の数が必要だ。他に心当たりもない。ひとまずジョスに声をかけてみることにした。

この日最後の講義終わり、帰り支度をするジョスに声をかける。今まで話したことのないフェルナンに突然話しかけられ驚いてはいたが、快く時間を割いてくれた。

今使っていた講義室は別の講義が始めるので、講義が入っていない講義室を見つけると適当な席に腰掛けた。お互いヨイショと声が出てしまうのは年が故だろう。


「君は、王立中央図書館で働いていたんだったか」

「途中でやめましたが」

「介護のためだったと記憶している。もしや御母堂は・・・」


フェルナンはジョスが退職理由を覚えているとは思わなかった。接点もなかった同僚の退職理由まで知っていたのか内心驚いた。


「・・・少し前に亡くなりました」

「立ち入ったことを聞いてしまったな」


すまない、と頭を下げるジョスにフェルナンは頭を上げるよう促す。


「だいぶ心の整理はつきました」

「そうか。お悔やみ申し上げる」

「痛み入ります」


この歳になるとこういった会話は増える。ジョスもフェルナンもこんな会話は慣れていた。


「あまり時間をいただいてもいけませんから、本題に入ります。図書館に関する研究をしませんか」

「図書館に関する・・・。君も研究を?」

「これから本格的に論文を書いていこうと思っています。図書館学はまだ未開の地。学問として成立させるために同志を探しています。同志と言っても、必ず協力し合わないといけないという訳ではありません。ただ同じ分野を研究する人口を増やしていきたいと考えています」

「他には誰もいないのか?」

「今の所私とモーリス・ボートン卿だけです」

「ふむ」


ジョスは少し考え込んでいるようだった。

ジョスが司書専攻の試験を申し込む時、募集には研究者の育成に力を入れるとあった。その時は自分が研究者になろうとまでは考えていなかったが、ジョスには最近やってみようかと思っていることがある。


「実は趣味で図書館史を細かくまとめてみようかと思っていたんだが、それを研究としても良いかもしれないな」


図書館史は現在講師を務めるカウリングが調査・編纂していた。図書館史の講義中、急いで書き上げたため重要ではない細かい事柄は書けなかったとカウリングは零していた。それをジョスは覚えていたのだ。

図書館で約40年勤め、図書館を国内各地で建てるに至った経緯も先輩から聞いている。知識の量で言えば、カウリングよりも上だった。


「それはいい!」

「まずは論文を書いたら良いのだろうか」

「ええ。私も今情報サービス論と銘打って論文を書いています。それからどうやらいずれ先生たちに変わって先生、教授になってくれる人を探しているみたいで・・・」


ちなみに、この国で教授になるためにはセントパンクロス大学校を卒業し、最低2年間セントパンクロス大学校の上位教育機関セントパンクロス学術院で学ぶ必要がある。その後論文を最低でも年間2本書き続けなければならない。そうして助手から助教授を経て教授となる。

ただ、新設の学問である図書館学となると少し事情が変わって、研究の第一人者がいないため学術院で教えられる人材がいない。楓や王立中央図書館の2人はそこまで教えることは出来ないほど多忙なため、学術院に通わずそのまま助手となる。しばらく講師である3人について講義をこなした後、助教授となり1人で講義を持つ事となるだろう。


「とまあ、こういった仕組みらしいんですが」

「ふむ・・・。私は流れに身を任せる事としよう」

「興味ありませんでしたか」

「今まで考えたこともなかったものでな。ひとまず、私は過去の出来事をまとめなければ。忙しくなりそうだ」


ジョスは足早に教室を去った。

こうしてモーリス、ジョス、フェルナンはそれぞれ研究を開始した。

モーリスは図書館サービスについて、ジョスはセントパンクロス国における図書館史、フェルナンはセントパンクロス国におけるアーカイブズの管理について調べることが決まり、ひとまずそれぞれ研究対象を各人共有した。

それを受けて図書館協会内に図書館研究会が設立されることとなる。図書館研究会の会員にはモーリス、ジョス、フェルナンの他に、楓とセントパンクロス大学校図書館館長ギャレット・ゴレッジも加わり総勢5人となった。

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