【番外編】 ジャギー・ヘルマン

「王属官職の納税部及び警務部だ。ジャギー・ヘルマン子爵、家宅捜索令状に基づく捜査を開始する」

「!?」


 それはまさに青天に霹靂。邸宅に警務部を伴った納税部が押しかけ、夫であるジャギー・ヘルマンの執務室を捜索していった。突然のことでジャギーの妻であるサラにできたことと言えばただ子どもたちを怖がらせないよう計らうことだけ。彼らが去った後の執務室はまるで嵐が去ったかのようだった。


「一体どういうことなのか、説明いただけますかしら」


 頭を抱え呆然とする夫に、サラは問いかけた。ジャギーはビクリと飛び上がると、恐る恐る顔をあげる。


「なぜ、この家に捜査が入るなんてことが起きたのでしょうか?」


 青い顔をして何も言わないジャギーに半ば苛立ちを感じながら暗に説明を急かすと、サラの怒りを感じて何か言わないとと口を開いた。


「僕にも、何がなんだか」

「何も心当たりがないと」

「いや・・・」

「では、一体なんですの!」


 歯切れの悪いジャギーにサラの怒りはついに爆発してしまった。こうなっては手をつけられないことをジャギーはよく知っていた。下手に隠して露呈した時にどんな目に遭うことか。

 怒る妻に全てを曝け出す覚悟を決めた。


「実は・・・」


 領地経営はジャギーが父から引き継いで以来ずっとジャギーが全てを握っていた。最初こそ父から教わりながら行っていたが父の手から離れて自分だけが経営するようになると、次第に収支を誤魔化して報告するようになっていったのだ。


「では、粉飾していたということですか」

「そ、そうでは、なく・・・」


 確かに夏の気候変動の影響で小規模の飢饉が起こりそうになり、食糧を調達し支援したことによって一時的に経営が赤字だったことはある。しかし、同時期に投資していた事業が成功したことで赤字を補填することができていた。

 むしろ黒字に転じたことにより、大きな利益が出ていた。つまりジャギーがしていたのは脱税だった。


「脱、税・・・!?」


 脱税の事実が証明されれば、ヘルマン家のお取り潰しは間違いない。貴族にとって、脱税は愛国心のないものがするものと考えられているからだ。そんな人物に貴族を名乗る資格はない。

 そんな初歩的なこと、貴族の家で生まれた人間であれば知らないはずはいなかった。特に家督を継ぐ長男は何度も何度も言い聞かされる。ジャギーは分かっていて脱税に手を染めた。


「(なんてことなの・・・)」


 出会ってこのかた、ジャギーのことを夫として信頼してきた。4人の子どもを産んだサラを気遣い、領主としての仕事をこなすジャギーを尊敬すらしていた。その信頼が、崩れ落ちる。

 ここまでくるともはや呆れしか残らなかった。淡々と浮かぶ疑問をただぶつけていくだけ。


「そもそも、なぜその事業を利益を隠したのです」

「それは、その事業というのがちょっと・・・」

「ちょっと?」

「法外ではないけど、倫理的にはちょっと・・・」


 そこからは、殴りかからないよう抑えるのに必死だった。ジャギーが行っていた事業は労働者を顧みないものである上に、幼い子どもも過酷な労働条件で働かせていたというのだ。自身も幼い子どもを持つ親だというのに。

 なぜそんなことをしたのかと問うと、


「それは、こちらは労働力が欲しい。向こうは金が欲しい。お互いの利害が一致しているではないか」

「な・・・!」


 罪悪感など1ミリも感じていない素振りでいうジャギーに思わず言葉を失った。


「それよりもどうしよう。明日出頭命令が出されているんだ。サラ、どうしよう!」


 子供のように狼狽しているこの人が自分の知る夫とは違う人に見えた。こんな人を自分は信頼し尊敬していたのかと思うとジャギーに対するあらゆる感情がスーッと波が引くかのように冷めていく。


「真実を全てお伝えするのです。包み隠さずに」


 最後の情けと思って諭すも、ジャギーはかぶりを振る。


「それでは、何もかも失ってしまう!」

「(ああ、この人はこの後に及んで自分のことしか考えられないのね・・・)」


 ジャギーの口からはサラや子どもたち、露頭に迷うことになるだろう使用人たちへの心配の言葉が一つも出てこない。そんな人、もう支えることはできなかった。


「いい加減になさいませ!この期に及んでそんなこと!」

「サラ・・・」


 サラの叱責にジャギーは崩れ落ちた。いつも自分を立ててくれた温厚な妻はもういない。


 翌日夫婦は事情聴取のため警務部に出頭した。

 領地経営に妻も関わっている可能性も考えていた警務部はサラにも出頭命令を出されていたのだ。捜査員によって夫婦は二手に分けられ、それぞれ狭い部屋の真ん中に置かれた机と椅子が置かれただけの部屋へと通された。

 椅子に座るよう指示されサラは逆らうことなく椅子に座った。正面にはここまで連れてきた捜査員が座る。


「これより取り調べを行う。あなたにかけられている容疑は、ジャギー・ヘルマンが行った脱税の共謀。これからする質問に偽りなく答えるように」

「わかりました」


 1時間半に及んだ事情聴取の末、サラの関与は認められないと無罪放免となった。家宅捜索で押収した資料の中にサラが関与している物証が出てこなかったことが無罪認定となった理由の1つ。事情聴取はあくまで念のためだった。

 一方、ジャギーは初めは否定していたものの、共犯者が吐いたことで観念したのか自分がしたことの全てを自供することになった。

 この国では配偶者が犯罪を起こした場合、配偶者有責で一方的に婚姻関係を解消することが出来ることになっている。4人の子どもが犯罪者の子どもと言われることを少しでも減らすためにも考える余地もなかった。すぐに実家とコンタクトを取ると、サラは実家に戻ることが許された。

 女主人の最後の仕事として使用人たちの再就職先を斡旋し、全員を送り出すのには2ヶ月を要した。そして、嫁入りの時に共に連れてきた使用人たちと共にに4人の子どもを連れてヘルマン家の邸宅を去る。

 主人を失った屋敷は沈黙に包まれた。

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