第53話 親子喧嘩 1

 いつもならサラは始業時間の20分前には職場である城内図書館につき、仕事の準備を始める。しかし、この日は始業時間ギリギリに駆け込むように職場へやってきた。


「おはようございます!」

「おはようございます、サラさん。今日は珍しいです・・・ね・・・」


 楓は手を止めて振り返った。サラに挨拶を返したところで彼女が1人で出勤したのではないことに気づくと続けようとした言葉は宙に浮いて消えた。


「そちらは?」

「あの・・・息子です・・・」


 困った顔をするサラにひとまず事情を聞くことにした。幸い開館時間にはあと1時間ある。開館準備も終わっていた。

 2人と事務室のソファに座ると、とりあえずサラに説明を求めた。


「実は息子と朝から喧嘩をしてしまいました」


 それは朝食を食べている時のこと。

 最近、息子イアンの言葉が実家の人間に快く思われないことが増えて、サラたちは実家の人間とは場所を分けて朝食を取るようになっていた。

 この日も自室に運んでもらった食事をみんなで食事をとっていると真ん中の2人が食べるのに飽きて遊び始めた。


「フランシス、リネット、遊ばないで食べてちょうだい。保育所に遅れてしまいます」

「「はーい」」


 不満げではあったが、まだ素直な次男と長女は遊び食べをやめて食べ始めた。そのやりとりを不快そうに見ていたのが長男イアンだった。


「そもそも誰かさんが働きに行こうとしなければ保育所の時間を気にせず弟たちはご飯を食べられるのですが」

「イアン」


 咎めるように名前を呼ぶサラをイアンはキッと睨みつける。2人の間に漂う不穏な空気を感じながらも、弟たちは黙々とご飯を食べていた。2人が喧嘩をするのは珍しいことではない。兄弟たちにとって、ただ早く終わるのを祈るのみだ。


「なぜ働く必要があるんです。父様さえ戻ってくれば働く必要なんか・・・」


 父に対するイアンの酔倒ぶりはそれはもう大変なものだった。10歳になった頃から一年かけて少しずつ父から同じ思想を刷り込まれていたせいなのか、何度説明しても父が戻って来ると信じて疑わなかった。


「お父様は戻りません。それにもうヘルマンの家はお取りつぶしとなったのです」

「でも!父様さえいれば・・・!」

「でもじゃありません!聞き分けのないこと言わないで」


 この話になるといつも自分が悪いように言われることにイアンは納得していなかった。父さえ戻ればヘルマンの家が取り潰されたとしても新たに貴族となればいいと思っていた。貴族はそのようになるものではなく、ましてや国賊とも思われるような罪を犯せばあり得ないというのに、そのことに気づけるほどイアンは聡明ではなかった。


「そうだ。おじいさまにお願いしてくるよ。父様を家族に迎えて欲しいって!」


 名案だと言わんばかりのイアンについにサラは堪忍袋の尾が切れた。


「やめてちょうだい!!」


 荒々しくナイフとフォークを置くサラにイアンは混乱した。せっかく家族が元に戻れるよう考えたのにどうして怒られたのか分からなかったのだ。

 一方、サラは近いうちに実家を出なければならないかもしれないことが頭をよぎっていた。自分が仕事で家を空けている間、下の子達は保育所に預けているがイアンは実家で過ごしている。その間に実家の家族に間違ってもそんなお願いされればもうこの家での居場所はない。今日仕事に行くのだって怖いくらいだ。

 そうして、散々迷った挙句サラはイアンを職場に連れて来ることにした。


「なるほど。それで彼がここに。私は一向に構いません」

「本当ですか!」

「ただ、滞在許可をもらわないといけませんので相談しましょう」


 数時間の滞在は入場許可、1日の滞在は滞在許可と分けられていた。王や王族の居住区域と分けられた建物とはいえ、防犯のためにそう決められている。

 楓は事務室に設置されている電話の受話器を取ると文書管理担当の内線番号にかけた。

 レオンに事情を説明すると、数時間後には楓も講義のため外出することもあって滞在許可を申請してくれることとなる。名目は、社会見学ということになった。

 滞在許可証を文書管理担当へ受け取りに行くと、レオンから首にかけられるようになっている滞在許可証をイアンにかけさせる。ここまでイアンは一言も話さないままだった。


「今日一日、社会見学という名目で滞在を許可された。基本的にはあなたの母が引率者ということになるが、城の中は部外者が立ち入ることが許されない場所も多くある。いかなる時も引率者の指示に従うように」

「・・・」

「すみません!こら、返事なさい!」

「・・・はい」


 心の中でなんでそんなこと言われないといけないんだと言っているのが読み取れるほど、不機嫌な態度を取るイアン。

 イアンからすれば、貴族なのにこんなところで働いているレオンたちもまともじゃないのだ。

 そんなイアンの気持ちをレオンは否定し切ることはできなかった。それは、貴族家に生まれた次男三男は誰しもが一度は感じる疑問だからだ。


「せっかくだからあとで文書管理担当も案内しよう。名目を社会見学としているからな」

「ありがとうございます」

「・・・」

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