第54話 親子喧嘩 2

 文書管理担当から帰ってきてすぐ、楓は講義の時間が迫っていたためセントパンクロス大学校へ向かうこととなった。

 ちょうど楓とすれ違いで文書管理担当からケネスがやってくる。楓が講義で図書館を開けるようになって以来、いつも文書管理担当から誰か1人来てくれることになっていた。


「ウォーレンさん、お疲れ様です」

「お疲れ様です」


 ケネスはチラリと返却本の保管場所を見る。朝は大抵昨晩からの本が返却されるため、かなりの量の返却本が溜まっていた。


「書類が溜まってるので今日はカウンターで仕事します。カウンターは任せてください」

「じゃあ、お言葉に甘えて私はしばらく配架に集中しますね」


 ケネスがカウンターに入ったのを見ると、サラはすぐに返却本を数冊手にとってカウンターを出た。

 サラは持っていった本を全て棚に戻し終わるとカウンター戻ってきて、また数冊持てるだけの返却本を持って棚へと消えていく。その間にケネスはカウンター内で持ってきた事務作業を始めた。

 サラからカウンターの中か事務室で過ごすよう言われたイアンは、とりあえず読めそうな本を持ってきたものの興味を持って取ったわけでもなく読まずに置いてしまう。


「(なんでそんなせかせか働いているんだ、この人たち。意味がわからない)」


 そんなことを口にすればまた母に叱られる。1日に何度も叱られるのも面倒だと口には出さない代わりに、ただ黙って忙しなく働く2人をぼーっと眺めていた。

 2時間ほどすると楓が講義から帰ってきて、ケネスは文書管理担当へ帰っていった。

 程なくして時計は12時を指す。お昼休憩の時間だ。


「そろそろお昼休憩にしましょうか」

「ええ」


 カウンターに『休憩中につき御用の方は事務室まで』の看板を置くと事務室へ下がった。城内図書館ではお昼休憩中に利用者が来ることは滅多にないため、楓とサラは同時にお昼休憩に入る。

 休憩中誰か来ても気づけるよう念のためドアは開いたままにすると、楓は事務室に入るや否や電話の置かれた棚からよくお昼を頼むお店の出前表を手に取った。

 一方サラはイアンを連れて事務室の奥側にある荷物置き場からカバンを取り出す。サラは日頃お弁当を持参していた。カバンからお弁当を出そうと思ったその瞬間、


「あ!お弁当・・・」


 カバンの中にはお弁当はなかった。いつも出掛ける際に台所番に作ってもらったものを受け取るのだが、今朝はイアンのこともあって遅刻しそうになったせいでお弁当を受け取るのをすっかり忘れてしまったのだ。


「どうしました?」

「お弁当を忘れてしまって」

「あら。一緒に出前でも取りますか?」

「そうします・・・」


 見ていた出前表をサラに見せると楓と同じ日替わり定食を選んだ。イアンにもと見せたものの、そっぽを向いて選ぶ素振りも見せない。


「選ばなければ今日のお昼はないわよ」

「そんな庶民の食べるもの、食べられるわけない」


 楓がいつも出前を頼むお店は定食が人気のいわゆる食堂のようなお店だった。いつも家で食べる食事とは全く違うメニューを見て、イアンは不快そう言う。


「何を・・・!」

「まあまあ、食べる食べないは今は置いといて何か頼みましょう。お腹空いたら食べるかもしれないし」


 本人は選んでくれなさそうなので、同じ日替わり定食を注文する。電話をして20分後には図書館に出前が届けられた。

 目の前にイアンの食事を置かれても、イアンは手をつけることはなかった。

 今朝の話だとイアンは朝食を少し食べた程度の頃にサラと喧嘩となりそのまま家を出ている。お腹が空いていないはずがない。それでもなお食べないというのならその根性を褒めたいところだ。


(でももしかして、私たちがいなかったら食べるんじゃ・・・)


 見られていては啖呵を切った手前食べられないだろうが、1人きりにされて食欲に勝てるだろうか。

 楓はもうすぐ休憩時間が終わるのを確認すると、サラに適当な用事を言って一緒に事務室を出た。


「しばらく戻らないで様子をみましょう。もしかしたら食べるかも」


 事務室にいるイアンに聞こえないように小さな声で話しかけるとサラは驚いた顔をする。


「え?」

「意地を張った手前、私たちの前では食べられないのかもしれません」

「まあ!・・・でも、ありえます」


 お腹がすいたまま1人にされれば食べるだろうという楓の予想にサラは賛同した。


「ちょっと時間をおいてみましょう」


 休憩前に出した看板をしまって少し早いが仕事に戻った。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


 サラと楓が仕事のことを話しながら事務室を出ていくのをイアンは横目で見ていた。ドアが閉まった途端、目の前に置かれた定食に目がいく。それもそのはず、イアンの空腹は限界を迎えつつあった。


「いらないって言ったのに・・・」


 そんなことを言っていても目はジューシーな肉に釘付け。匂いを嗅ぐだけで涎が出た。


「戻って、来ないよな・・・」


 時計はすでにお昼休憩の時間をすぎていた。どうやら2人は戻ってきそうな様子はない。

 イアンは口の中に溜まった涎を飲み込みフォークを取った。

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