第55話 親子喧嘩 3
イアンを事務室に残してから40分ほど経って、イアンはのそのそと素知らぬ顔で事務室を出てきた。それを見てサラと楓は顔を見合わせる。
(あれは食べましたね)
(ええ。多分食べました)
イアンがトイレに行くと図書館を出た隙に事務室に戻ると、案の定空になった器が残っていた。
イアンの食器も含めて食べ終わった食器を片付けると、出前の人が置いていった箱にしまって城門の門番に預けた。いつも出前の器を返すのは門番がやってくれていて、楓が持って行った時には既に他部署で頼んだ出前の器が門番のところに既に沢山集まっている。
楓が図書館へ戻ってくるとイアンは先にトイレから帰ってきていた。事務室には戻らず図書館内を散策しているあたり器が片付けられていることには気づいていなさそうだ。そもそも出前を取る経験のない彼は、器を返さないといけないことにすら気づいていないだろう。
(そう言うところはまだ子どもってことかな)
そう思うと少しイアンを可愛く感じる。
イアンを微笑ましく見ながら楓が仕事に戻ろうとカウンターに入ろうとしていると同時に、図書館にレオンがやってきた。
誰かを探している素振りだったので聞くと、イアンを探していた。
「文書管理担当を案内しようかと思ったんだが」
「わざわざすみません」
「よろしくお願いします」
サラに了解を得るとイアンを連れて文書管理担当へ戻っていった。
「失礼なことしないといいんですけどね・・・」
サラはイアンを見送りながら心配そうに溢す。
「そうですね・・・。上手くやってくれることを祈りましょう」
楓もその点は心配だった。
⌘⌘⌘⌘⌘⌘
イアンは借りてきた猫のように、大人しくレオンについていっていた。
「・・・」
「・・・」
レオンは特別何か声をかけるわけでもなく、2人の間には沈黙が流れる。イアンにとってそれは好都合だった。何を聞かれても元より答えるつもりもなかったのだ。
階段を上がり廊下を進んだところを突き当たると、左手に文書管理担当はあった。役所のようにカウンターの置かれた内側に入ると、イアンをハリーとケネスに紹介する。
「ウォーレンさんの子か、よろしく」
「僕はさっき会ったな。まあよろしく」
「・・・どうも」
「じゃあ、ここの仕事を説明しよう」
王命で内諜をしていることは伏せて、各部署の文書の倉庫管理や図書館の管理など業務内容を説明する。
(なんだ、雑用か)
内諜の仕事が業務の7割を占めるのでそれを伏せて話すとどうしても簡単な仕事に聞こえる。イアンも同じ印象を抱いていた。それを察したのか、ハリーが口を開く。
「ここの仕事だけでは暇なのかと思われてしまいますよ」
「そうだな、他の部署も案内しよう」
ドッと笑う3人にイアンは今すぐにでも帰りたい気持ちでいっぱいだった。
「じゃあ、他の部署も案内してくる」
ケネス達に見送られ、イアンとレオンは社会見学ツアーへとくりだした。
⌘⌘⌘⌘⌘⌘
近いところから保健福祉部、土木部、農政部、教育部と周り次に訪れたのは納税部だった。
納税部の前を通りかかるとちょうどモートンが通りかかってきた。手にはカップを持っている。財務部は業務の機密を守るためカウンターがなく個室が与えられている。しかし部屋の中には水道もお湯を沸かす場所もないため、飲みものは他部署と共有の給湯室へ行かないと飲めない。いつも手が空いた時に休憩がてら給湯室へ行くのだ。財務部は納税部を挟んで向こう側、給湯室はレオン達の後ろにあった。
「おお、お疲れ」
「お疲れ様です」
「そっちは?」
「図書館の職員サラ・ウォーレンさんの長男イアンです」
「ウォーレン・・・?」
レオンのやや後ろを歩いていたイアンをモートンは覗き込んだ。名前と面影からすぐに父親の顔が浮かぶ。
(ヘルマンの元妻が城内で働いていることは知っていたが、その息子か・・・)
「で、どうしてここに?」
「社会見学ってところですかね」
「社会見学、ね。まあゆっくり見ていくといい」
そんな理由でここにくるのは初めて聞いたが、レオンが一緒にいると言うことは許可が出ているはずとそれ以上言及するのはやめてモートンは給湯室へと消えていった。
「今のは財務部部長のモートン卿、財務部の責任者だ。せっかくだから先に説明すると、財務部では各部署の予算振り分けや管理、調査を担っている。部署は納税部の隣、向こう側にあるが、入室することは多分できないだろう」
レオンが財務部を指すとイアンもチラリと見るも返事は返さない。最初は戸惑ったがここまで返事がないとレオンも慣れてきて、まあ聞いているだろうと流すようになっていた。
「そして、目の前のここが納税部。納税部は税金の取り決めと徴収などを担当している」
納税部という言葉にイアンはかすかに聞き覚えがあった。
(納税部?納税部・・・。あ!)
父親であるヘルマンが捕まる前の日、イアンの家には家宅捜索が入った。その時来た大勢の大人達が所属を名乗っていたのをイアンは聞いている。
「王属官職納税部・・・」
「? ああ、正式名称は王属官職納税部、だな」
「やっぱり!あいつらが・・・!」
両手の拳を握りしめ納税部に殴り込もうとするイアンを、レオンは反射的に首根っこを掴み手近な空き部屋に投げ込んだ。
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