第52話 図書館の自由に関する宣言採択 2
共通認識が確認できたところで、話はようやく本題へと進んだ。理事長はレジュメに目をやり信仰を確認すると改めて口を開いた。
「では、宣言の形式が決まったところで、内容に入ります」
事務局長であるペンフィールドが経緯は事務局でまとめると説明したので、ここでは条項に何を盛り込むのかを話し合うこととなる。これは事前に打ち合わせされたことだった。
最後に発言者は基本的に挙手をして発言するよう周知された。
「前回話していたのは利用者のプライバシーについてだったな。・・・まずは利用者の情報を守る、といったところか?主語がないのが少し違和感を感じるが」
不安気にいうマクルーアに楓が手をあげ発言する。
「主語は図書館がいいんじゃないでしょうか」
「おお、そうだな」
マクルーアが納得し、他の人が反対する様子がないのを見ると理事長が主語は図書館とすることを宣言すると、それを受けて今度はカウリングが挙手をする。
「ケチをつけるつもりはありませんが、利用者の情報を守るだけではやや抽象的なように感じます。図書館によって解釈が変われば対応が統一されないのではない可能性があります。もう少し詳しく補足をつけるなどは必要だと思いますがいかがでしょうか」
国内には20もの図書館がある。その全ての図書館が別々の解釈を持ってしまえば、また地域によってサービスに差が生まれてしまうだろう。
「確かに、補足は必要かもしれない。条文は簡潔に、そして補足を足していけばよりわかりやすく明文化することができるだろうが・・・」
「先日のマクルーア卿が聞いた話。あの件について付け加えるのはどうでしょうか」
「警務部が利用者の情報を閲覧した件ですね」
元々はそこから発展して今に至る。そして、マクルーア自身気になっていたことでもあった。
「あの後友人に詳しく事情を、特に捜査令状があったのかという点について聞いてみたが、そのようなものは提示されなかったらしい。捜査に協力しろ、協力しなければ容疑者を隠しているとみなすと言われたそうだ」
そうなると、当該捜査員の判断で確証なく図書館の利用一覧を閲覧しただけではなく、図書館員を脅迫したということになる。
「そうでしたか。やはり、図書館員を守るためにも、そして不要な利用一覧の請求を防ぐためにもその点についての態度を示す必要があるかもしれないですね」
「捜査に協力するのは国民の義務ですから、補足するとすれば利用者のプライバシーを守るため図書館員は情報を外部へ漏らさないということを基本姿勢とするが、裁判所より出された捜査令状を確認した場合はその限りではない。といった感じでしょうか」
「それなら警務部から非協力的だと言われることもなさそうだな」
「問題は、これを警務部が受け入るかどうかということですね」
カウリングのこぼしたそれに、各人渋い顔をする。
「えっと・・・。警務部には私から、と言うよりも所属する部署からですが、報告する予定です。しかし、それをどう受け取るかは・・・」
この場にいる全員が楓がどう続けたいのかはよく理解していた。警務部にも仕事をする上でプライドがある。図書館の自由を認めてもらいたい反面、簡単にはいかないだろうことは想像にかたくなかった。
「仕方あるまい。これは法律でもないし上に、向こうも仕事を制限されるのだから少しずつやるしかないだろうな。ところで話はズレるのだが、家族が情報を得られないとなると小さい子どもが利用している場合は図書館はどう対応することになるんだ?」
図書館では小さい子どもが返却期限を忘れてしまうということがよく起こる。その場合親に連絡をして返却するよう促してもらうのだ。
これは今まで王立中央図書館も各人の対応に任せていて統一されていない部分。人によっては本のタイトルを伝えて返却を促している状況だった。
「大人と同じ対応で問題ないと思います。物の管理ができる子は返却していない本があると伝えるだけで理解できると思いますし、そうでない子はそもそも親御さんが管理していることが多いので」
「なるほど。それなら問題ないわけだ」
話しがひと段落し、若干の間が生まれた。
「議論は落ち着いたようなので、利用者の情報を守るという条項についてはこのあたりでいいでしょうか」
ここで、記録係のジョンソンが立ち上がる。黒板をだすと会議内容をまとめた紙を元に、ここまで上がった条項の内容を簡単にまとめ始めた。
この時点で理事会開始から1時間半経過している。皆の顔にもやや疲れが見えた。
「ここで15分間の休憩を取ります」
そう宣言すると、理事長は用意されていた会議進行用のレジュメの冊子を閉じた。
⌘⌘⌘⌘⌘⌘
休憩中部屋の換気のため開けられた窓が閉められ、部屋の外へ出て休憩した人たちも時間になると戻ってくる。全員が着席したのを確認すると、会議は再開された。
現場で働くミクソンにも実情を確認しながら、話し合われ条項は全部で4つ挙げられた。
「ここで一度上がったものを整理しましょう」
部屋に設置された黒板に記録係のジョンソンが発言から出た案を書いていく。
・図書館は利用者の秘密を守る
・図書館は資料を集める自由を有する
・図書館は資料を提供する自由を有する
・図書館は全ての検閲に反対する
「順番はこのままでいいですか」
「ふむ。・・・1番目に利用者の秘密を守るは唐突かもしれませんね」
「確かに。では資料を収集する自由と提供する自由の2つを順にあげて、3番目に来るよう入れ替えてみませんか」
言われた通りミクソンが隣に入れ替えた順に書き直していく。それを見て楓は納得したように大きく頷いた。
「これなら唐突感は無くなりますね」
「それでは図書館の自由に関する宣言に盛り込む条項は黒板にある4項でよろしいですか」
「「「「はい」」」」
「賛成多数ということで図書館の自由に関する宣言の条項は決定しました。これから事務局で正式な文書に清書し、次回理事会で審議いたしますのでよろしくお願いいたします。では、本日の臨時会議を終了いたします」
こうして「図書館の自由に関する宣言」の内容が決まり、2ヶ月後に開かれた定期理事会で採択された。
それは全国の図書館協会支部に通達され、王立パウール図書館にも届いた。
「館長、図書館協会本部から通知文書が来ていました」
「ありがとう、未決の箱に入れてくれるかい」
「わかりました」
王立パウール図書館の館長室で事務仕事を片付ける館長を訪ねたのは副館長だった。手の開かない様子はいつものこと。急ぎの案件でもなかったので指示通り未決の箱に通知文書を入れると副館長は退室していった。
目を通していた書類を既決の箱へ入れ、未決の箱の1番上にあった図書館協会からの通知文書を手に取り、椅子に体を預けた。
「ん・・・?」
目を通すだけのつもりだったが、その内容に椅子に沈み込んでいた体を起こした。
「図書館の自由・・・」
そんなこと、考えたことなかった。圧力や情勢に晒されたことがなかったこの国の図書館。しかし、今回1人の司書による資料の廃棄事件がこの図書館には起こった。前代未聞だった。
「確かに守ろうと思わなければ自由など守れようもない、か」
情報を求める利用者のために、そしてそれに応えるために、他でもなく図書館自身が図書館という場所を守らなければならない。
館長は館長室を足早に出ると、倉庫から大きな厚紙とペンを取り出し人知れず何かを作り始めた。
⌘⌘⌘⌘⌘⌘
翌日の朝、始業時間に合わせて事務室に出勤する職員たちの目には巨大なポスターが映っていた。
「図書館の、自由に関する・・・宣言?」
それは昨日館長が書き貼ったものだった。図書館が図書館を守るためには図書館員一人一人がそれが当然だと思わなければならない。事務室の誰もが目につく場所に宣言を書いたポスターを貼ることで少しずつでも意識してほしいと考えての案だった。
「これ、昨日の回覧にあった・・・」
「まあこの間のこともありましたし、その影響ですかね」
「ところでこのポスターは誰が?」
「さあ・・・」
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