第51話 図書館の自由に関する宣言採択 1
先日に引き続き、セントパンクロス国図書館協会臨時理事会が王立中央図書館で行われた。この日は王立中央図書館の休館日を利用し、日中に会議を開始することになった。議題は前回の理事会で最後に話題に上がっていた「図書館の自由に関する宣言」だ。
「お揃いのようですので早速会議を開始します。今日は図書館の自由を守るための宣言、図書館の自由に関する宣言について話しあいたいと思います。発案者であるガーランド理事は説明をお願いします」
楓は事前に説明を依頼されていた楓は理事長に指名されると起立する。手には簡単にまとめたメモ書きがあった。
「今回決める宣言は、利用者の知る権利を守ることをいわば図書館の任務とすることを前提に捉えてもらいたいと思います」
「任務だなんて随分と大袈裟だな」
本の廃棄、プライバシーの話からいきなり任務というまるで軍会議にいるかのような言葉が出てきたことにマクルーアは困惑していた。
「この自由に関する宣言はどんな時代にも小さな変化はあろうとも大きくは変わらないものにする必要がある思っています。どんな時も図書館の自由が守られるような国であってほしい。しかしながら人と争いは切っても切れないものです。セントパンクロス国は長らく戦争を経験していませんが、もし、この先戦争をするようになった時に図書館がどんな役割を持つか、少し想像してみました」
「もしこの国が戦争状態になったら・・・?」
「はい」
マクルーアには楓が何を考えているのか、全くわからなかった。
セントパンクロス国は今は諍いもなく隣国との関係も友好とまではいわなくともいい距離感を保っている。そういった状態がもう100年以上続いていて、この国で図書館ができたのはここ50年の間のことだった。国民の誰もが、図書館は静かで平和な場所というイメージを持っている。マクルーアもまたそうだった。
「単純に本を提供することが出来なくなるくらいだろう」
「確かに、戦火が及べばそうなります。もう一つ心配なのが、思想善導機関として利用されることです」
楓が思想善導機関という言葉を出した途端、カウリングが弾かれるように立ち上がった。
「国が反体制思想を排除し正統思想を注入しようとする、その道具となるということか?!」
「図書館は今庶民も数多く利用する場となりました。生活に根付きつつあるんです。情報をピンポイントに大人数に植え付けるにはうってつけだと思いませんか」
この数年で庶民の利用は飛躍的に増えた。最初は限定的だった本の利用の幅も広がっている。今や庶民と貴族は図書館の利用者という点においては公平に利用できるようにまでなっていた。楓が言うように、国民に何か思想を植え付けたいと考えたらならば図書館を利用しないという手はない。
カウリングは愕然とし、座り込むようにして椅子にかけた。
「君は、戦争の兆しを感じているのだな」
「この国自体には感じていませんが・・・」
力なく問うカウリングに楓は国名を伏せて答えた。まだ確証のないまま伝えるわけにはいかない。
しかしただ1人、マクルーアは楓の言わなかった国名に心当たりがあった。
「クランプ帝国、か?」
ぽつりとこぼれ落ちた言葉に、楓は一瞬言葉に詰まった。
「もしかして、何かお気づきに?」
「最近入ってくる本に妙な違和感を感じていたが、まさか検閲が始まっているのか」
マクルーアは出版業界に身を置いている。同じようにクランプ帝国の異変に気付いていてもおかしくはない。国名を隠そうとしてももはや意味はなかった。
「確証はありませんが、その可能性はあると思っています」
「そうか。ならば、君が任務という言葉を使おうとしたのも頷ける。任務とは強い意志の現れなのだな」
「はい。図書館業界自体がそういう風に戦争に加担させられる可能性があることを意識しているかどうか、そういった行為に賛同しない意思を持っているかはそうでないのに比べて雲泥の差があります。図書館の自由を脅かされないよう、図書館員自身が意識している必要があるのです」
「しかし、国から圧力をかけられれば従わないわけにはいくまい」
セントパンクロス国も法律があるとはいえ、政治は王が行う。いくら図書館職員が強い意思を持っていたところで、最高権力者である王には誰も逆らえない。
「1人なら唯唯諾々従わざる得ないでしょう。でも、国全体の図書館で団結していたとしたらどうでしょうか。その団結が強ければ強いほど、国全体の図書館を押さえ込むには骨が折れます。理想を言えば、それが戦争への抑止力になればいいと思っています」
点も集まれば面となる。団結した図書館を、ましてや権力による圧力に危機感を抱きながら団結するような集団をまとめて懐柔し従わせようとするには何年もかけてじわりじわり内部を浸食していくのが定石だろう。しかし、効率のいいやり方とは言えない方法をとってまでそれを実行するかというと、微妙なところだろう。
「一理ある、か。そのためには有事を想定しながら、かつ日常においても図書館の自由が守ることを考えていく必要があるということだな」
「ご協力お願いいたします。それから、実務的な話にはなりますが、文書の構成は初めに宣言するにいたった経緯を簡潔にまとめ、続いて条項がくる形はいかがでしょうか」
「ガーランド卿から提案がありましたが、皆さんどうでしょか」
「問題ありません」
満場一致で賛同を得て、楓の説明は終了した。
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