第50話 足音

 図書館には時々出版社の人間が本を持って営業に来る。出版社が書店を介さない営業を直販といって、普段は書店から本を買っているがたまにやってくる直販の本の中で良さそうな本があれば購入していた。

 この日は他国からの輸入本を中心に取り扱っているカンプ社の営業アシュトン・キャラハンが城内図書館へ顔を出していた。カンプ社の営業は過去一年ほどいつも彼がやってくる。

 アシュトンはカウンターにいた楓に声をかけると、慣れた様子で近くの閲覧用テーブルで持参した本を広げ始めた。


「こちらの本はウエルダー国の歴史について書かれた本です」

「ウエルダー国の歴史を取り扱った本はうちにもあるので・・・」


 直販にくる営業は毎度大抵20冊前後の本を持ってくる。流石に全ての本の説明を細かく聞くわけにもいかない。買う意思はないと暗に断ると普段はすぐに引くのだが、今回はアシュトンはイヤイヤと説明を続けた。


「最近の研究で新たにウエルダー王家の系譜に歴史上消された人物がいた事実が発見されたこと、ご存知でしたか?」

「え?」

「こちら最新の研究に基づいて執筆された本でして、その新たに発見された事実についても詳しく解説されています」

「んんー?!」

「所蔵の資料がもし5年以上経過しているのなら更新しても良いくらいかなと思います」


 確かにデータが更新されたのならば資料も更新する必要がある。城内図書館の役割としても他国の歴史に関わる本は重要だ。

 アシュトンの言う通りここにある本は5年以上前に購入したものだった。


「購入します」

「ありがとうございます」


 いつもこんな調子でアシュトンのうまい営業トークに乗せられてそうになる。本の購入費は税金であることを考えても無駄な買い物はできないので、いつも直販の時は緊張しながら対応していた。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「こちらの2冊をご購入ということで、請求書を切らせていただきます」


 結局さっきの一冊とは別に前々から必要だと思っていた分野の本を購入することになった。予算の都合でいつも多くても買うのは2、3冊。アシュトンも楓側の事情を承知しているので嫌な顔をすることはない。それに、門前払いされないだけでもマシなのだ。


「では、この辺で失礼いたします」

「お疲れ様でした」


 アシュトンを図書館の入り口まで見送っていると、扉の手前で彼は何か思い出したように立ち止り振り返った。


「クランプ帝国からの新着本を一覧にしたパンフレット差し上げますのでどうぞ。ご購入の際はカンプ社に御用命ください」


 パンフレットを手渡すと担当者は帰っていった。

 いつもくれるそれに目を通しながらカウンターへ戻っていると、僅かに違和感を感じて立ち止まった。


「うーーん。なんか・・・変な感じ・・・」


 いつもならいろんな分野の本が一覧に並ぶのだが、今回貰ったパンフレットは少し傾向が偏っているように見えたのだ。


「なんでだろう。・・・たまたま、かな」


 一度は思い過ごしかと思ったが、なんとなく引っ掛かりを覚え、急ぎ足でカウンターに戻った。先日他の出版社の持ってきたクランプ帝国の新着本一覧があったことを思い出し、パンフレット類をしまっている引き出しから取り出した。


「これはたまたまじゃない。確実に出版物の内容が・・・」


 偏り始めている。

 数ヶ月前にもらったものも奥から引っ張り出して比べてみると、半年ほど前から少しずつ変化は始まっていた。

 もちろん、流行によって人気のある分野が多く出版されるということはあるが、そういうのともまた違う出版物の変化。顕著なのは政治批判や汚職を告発するなど国政に関わる本だ。今まで規制されたことはなかったのにも関わらず、特にこの2ヶ月の間そういった類の本は一冊も載っていない。そんなことは今までなかったのだ。


「もしかして検閲、されているの・・・?」


 クランプ帝国はセントパンクロス国とは国旗の接する隣国だ。そんな隣の国で検閲が始まっているとしたら・・・。

 楓は大きな胸騒ぎを感じていた。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


 時はセントパンクロス図書館協会第2回理事会が開催される少し前、楓が隣国の異変に気づいた頃にまで遡る。

 セントパンクロス国王ガブリエルは、手に持っていた地図を執務用の机に投げ出し椅子に身を預けた。


「ふう・・・」


 地図の下にある書類には隣国クランプ帝国に送り込んだ間者からの手紙がある。手紙自体は取り留めのない世間話だったが、密かに仕込まれた暗号によってクランプ帝国の近況が記されていた。


「クランプ帝国が軍事関連の予算を拡大している、か」


 手紙によるとクランプ帝国の戦の準備を始めていると考えられ、帝国民にはその事実は伏せられているという。しかし、最近は本や新聞などの刊行物に規制がかかり、郵便物も内容を確認されているとの噂が帝国民の間でもちきりらしい。今すぐに他国に攻め入る兆しはないものの、注意が必要だという警告だった。


「楽観はできないか」


 ガブリエルは至急クランプ帝国内の間者を増やす算段を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る