第49話 第2回理事会

閉館後の王立中央図書館。普段はこの時間に図書館に入ってくる人はいないがこの日は少し様子が違った。

セントパンクロス国図書館協会ができてから1ヶ月弱たち、支部設立の申請状況や今後の活動について話し合うため第2回目の理事会が開かれることになった。事務局が王立中央図書館に置かれているため、会議は決まってここで行われることになったのだ。会議の時間が近づくにつれて理事が集まり図書館内の小会議室に通されると、出席を確認した司会役のペンフィールドが開会を宣言した。


「お集まりいただきありがとうございます。みなさんおそろいということで、早速今回の議題に入らせていただきます」

「それでは、第2回セントパンクロス国図書館協会を開始します。日程1、諸般の報告。事務局から報告いたします。ペンフィールド事務局長」

「はい。諸般の報告。前回の理事会から今回の理事会までの間に起こった事案について報告いたします・・・」


諸般の報告では申請のあった地方支部の申請と定款に沿って承認した旨が日付順に報告された。その後、地方支部から委員会を設置したいとの要望があったことから、委員会設置の可否などが話し合われた。

全ての日程が終了し、最後に理事会と事務局それぞれにその他話すことなどないか投げかけられた。


「はい」

「ペンフィールド事務局長」

「事務局より、報告を一件させていただいてもよろしいでしょうか」

「どうぞ」

「それでは、報告いたします。先日事務局宛に王立ラウル図書館より手紙が送られてきました」


手紙の内容をまとめて説明すると、理事の面々はざわついた。

事件の概要自体は皆新聞で把握していた。新聞で伝えられた犯人は捜査に協力的だと思われがちだったが、手紙に綴られている犯人像は全く違う。反省をしているどころか信仰する神のために任務を遂行できた達成感で満たされているというのだから、常人には到底理解できない思考だった。


「以上が手紙に書かれた顛末です。なお、王立ラウル図書館長は、この犯人ラウロ・ナムールの情報共有を希望しています。現在各地方へ通知文書を送る準備をしています」


ペンフィールドの対応を反対するものは1人もなかった。誰もが同じ轍を他の図書館に踏ませたくなかった。


「事務局長は引き続き対応お願いします。他にありませんか」


理事長の投げかけに、マクルーアが手を挙げた。


「ちょっと小耳に挟んだことがあって、皆さんの意見を聞かせてもらいたいのですが」

「図書館関連ですか」

「はい」

「どうぞ」

「知り合いの図書館員から聞いた話で詳しく聞いてはいないのですが・・・」


マクルーアが聞いたのはある図書館の管内で事件が起こり、その被疑者が図書館の利用者だったために起こったある出来事だった。その図書館で警務部から利用者の利用一覧を見せろと言われたらしい。本当にその通り命令口調だったようだ。その態度に腹はたったものの拒否する理由がないため、その図書館では応じることになった。


「私が問題だと感じているのは、実際に捕まったのは全く関係のない図書館を利用したことのない人物だったという点です。つまり、警務部が利用一覧を要求したことは無駄な捜査だった訳ですが、これを利用者の立場として考えたときにそれでいいのかと」

「捜査に正当性がなければ、単純に利用者のプライバシーが侵害されているということになりますな」

「ええ。何もなければ徒らに自分の読んでいる本の趣味が見ず知らずの人間に知られるのは非常に気分が悪い」


そこまで聞いていて、楓はふと疑問に思ったことを口にしていた。


「警務部は捜査令状を持参していたのでしょうか」

「捜査令状?」


捜査令状は強制処分を捜査機関が行うことを法務部が許可するもので、捜査令状を提示されたのならば協力する義務が発生する。

捜査令状が出るということは複数人の人間によってそれが捜査に必要な行為なのかが客観的に確認されていることになる。しかしそれがないとなれば、一部の捜査員単独的行動だった場合も考えられ、その場合応じる義務はないはずだと楓は説明した。


「なるほど。しかし、図書館法ではそこまで触れていない。現場の人間は何を指針に行動すべきか、各館で対応が分かれてしまうだろう。誰かが“こうしましょう”と宣言しない限り・・・」


カウリングが言うように、根拠もなく行動を起こすことはできない。それを各図書館に柔軟に対応してくれと言っても、それでは足並みが揃わない。地方によって簡単に応じるところとそうでないところがでてくると、応じたくなくてもなし崩し的に押し通されることも考えられる。

皆何か打つ手はないか考えるも思い浮かばず沈黙が続いた。楓も日本ではどうしてそういうことがほとんどなかったんだろうと、必死に頭の中で記憶をたぐり寄せていた。


「宣言、宣言・・・そう、それです!それですよ!宣言をしましょう!」

「ガーランド卿?」

「図書館の自由に関する宣言をするんです!」


第二次世界大戦下における日本の図書館は、政府の思想を国民に植え付ける思想善導機関としての役割を果たしていた。政府に管理され利用者のための図書館ではない時代があったのだ。その反省から、戦後、日本図書館協会によって「図書館の自由に関する宣言」が採択された。

その中に、利用者の秘密を守るという項目があることを楓は思い出したのだ。


「図書館職員が利用者の知る自由を守るためには、まず図書館の自由が確立されなければなりません。いかなる権力にも屈しない図書館の自由を守る宣言を図書館協会で採択するのはどうでしょうか」

「その宣言を元に図書館職員が行動できるように、ということだな」

「はい。今現在、ほとんどの図書館が図書館協会の施設会員となっていますから、できない話ではありません。法律を改正するには時間がかかりますが、宣言にすることで迅速に対応することができます」

「それは名案だな」

「しかし、申し訳ないが今日はもう時間がきている」


今日の理事会は理事長に後ろがあるので2時間までと決まっていた。時計を見ると予定の時間まであと10分しか残されていない。


「では、また改めて集まりましょうか」

「そうですね。では・・・」


今日の理事会はこれにてお開きとなった。次の理事会は明後日。臨時理事会とされ、図書館の自由に関する宣言を議題とすることのみ決まっていた。

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