第10話 王立中央図書館

 昼下がりの王立中央図書館の事務所。そこに1人の客人、セントパンクロス大学校校長ネイト・ベックルズが訪れていた。

 館長のデスクの隣に設置されている応接室でソファに腰掛けると、世間話もそこそこに校長から話を切り出した。


「急に時間を割いていただいて申し訳ありません。感謝申し上げます」

「いえいえ。さて、今日はどのようなご用件でしょうか」


 このように校長が王立中央図書館にやってくるのは、初めてのことだった。予定が空いていたから訪問を受け入れたが、当然要件はわかっていなかった。


「城内図書館より出向で来ているガーランド卿が司書専攻を開設したいと希望しているようで、うちの学校図書館からも要望書が提出されました。ガーランド卿と直接話してみれば、自身が無償で働くと言っていましてな」


 楓の名前を聞いて、なぜ学校長がやってきたのかという点において合点がいった。最近セントパンクロス大学校に出向に行ってるということは楓から聞いて知っていた。司書の必要性を知ってもらうのだと言っていたが、まさか校長が自ら情報を集める事態になっていたとは。相変わらずの影響力、と内心苦笑いが浮かぶ。


「その件については私も副館長も手伝いを買って出た次第ですが」

「ええ、伺いました。では、館長自らそう仰られたのですか」

「彼女の図書館への思いは私も数年この中央図書館を監修してもらった中でひしひしと感じました。なんせ、司書たちのために法律まで作ろうとするくらいですから」


 楓と話していた時そんな話をしていたのが頭を過ぎり、校長はゆっくりと頷く。


「確かに、ガーランドさんと話した時に審議中と言っていました」

「ええ。今はまだ骨子の段階ですが、確かに取り掛かっております。司書専攻開設はその図書館法を施行し現場に広めるために必要な事であり、概念などの基本的な部分を分かって就職してくれれば現場の職員の業務軽減にもなるのです」

「法律や業務について学生のうちに取得してもらおうということですか」

「現場で働く司書が図書館法についてきちんと理解することで、初めて図書館サービスの底上げが出来ると言うのが最終目標としてあるようです」

「図書館サービスの底上げか・・・」


 小さく呟くと少し考えを巡らせた。司書専攻の開設に法律が絡んでいるとなると、官職が1人2人関わるような簡単な話ではなくなる。詐欺なんて出来ようもないことは校長にも想像できた。


「もしや、ガーランド卿はそのことについてお伝えしなかったのですか?」

「ええ、図書館法が関わっていることは話の中で軽く触れただけです」


 館長はおや、と意外そうな顔をする。楓と仕事をしてきてそのようなことはなかったからだ。


「基本的にしっかりしているのですが、言い忘れとは珍しい」

「いやいや、突然呼び出して話を聞いたのです。準備のしようもなかった。それに、学校にとっての利益について問いましたから」


 そう言うと校長は冷めたカフを飲みながら、今までの話を頭の中で整理していた。


「そうでしたか。私自身図書館で働く以上、図書館という場が全ての国民のためにあって欲しいと思うのですが、ガーランド卿が進む先にはそういった図書館があるような気がして、つい応援したくなるのです。司書専攻開設の件、何卒ご検討のほどお願いいたします」


 館長は深々と頭を下げる。司書専攻の開設は図書館法の、ひいては利用者のためになると信じて疑わない様子の館長に、校長は以前よりも司書専攻開設に興味が湧いていた。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


 校長の見送りを済ませ事務所に戻ると副館長が館長の分のカフを入れて待っていた。


「お帰りになったんですね」

「あちらの学校図書館から司書専攻開設の要望書が提出されたらしい。ガーランド卿にも話を聞いたそうだ」

「では、ガーランド卿が出向した結果が出ているということでしょうか」


 礼を言って副館長からカフを受け取ると、椅子に腰掛ける。


「そうかもしれないな。聞いた時はたった3ヶ月と思っていたが、もう現場の人間をその気にさせているようだ」

「我々の時もそうでしたから、想像に難くありません」


 ペンフィールド卿は3年前、相互貸借の仕組みを提案されたときの事を思い出していた。

 自館が抱えていた問題点をいとも簡単に解決策を出して実行してしまった楓に、狐につままれたような気持ちになっていた事を。監修を依頼して仕事は確実に増えたはずなのに、出来うる限り時間を割いて対策をしようとする姿は現場の職員もよく知っている。そんな楓を見ていると、自然と手伝おうと思えてしまうのだから不思議だ。


「もぎ取るでしょうね。司書専攻開設」

「そうだろうな。私たちも出来る限りの援助をせねばな」


 2人は自分にできることをしようと動き出した。

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