第11話 役員会議
セントパンクロス国の教育現場は未だ限られたものが受けられるような状態だった。日本で言う小中学校や高等学校に相当するものはなく、家庭教師によって義務教育に相当する勉強を受けるものはいるが、それはお金のある貴族や大商人の子どもの話だ。庶民は寺子屋のような場所で基本的な読み書きと足し算引き算くらいの生活に必要最低限の勉強しか出来ない。そして、この国にある唯一の学校がセントパンクロス大学校だった。
セントパンクロス大学校は18歳から21歳までの青年が通う日本で言う大学のこと。経営学から農業、工学まで学ぶことができ、ここで学べば就職にも強いと、貴族家の長男はもちろん家督を継ぐ権利のない貴族の次男三男も多かった。この学校を卒業することは一種のステータスになっていたのだ。そのため、教授はその業界でも著名な人物に依頼し、設備も最新のものを揃えることでそのブランド力を保っていた。
そして、その全ての事柄を決定しているのが校長であるネイト・ベックルズだった。毎日山のように積まれた全ての決裁に目を通すことから1日が始まる。この時間は集中して決裁が見られるよう気を遣って職員はなるべく校長室を訪れることはしないようにしていたが、この日は違っていた。
「し、失礼します」
校長室の扉をノックしたのは事務局長ケビン・ウェイクリングだった。普段もおどおどしているが、今日はいつに増しておどおどしている。そんな時は大抵良くない報告をするのだ。
話を聞く前に心算だけすると、事務局長に声をかける。
「どうしたんだ」
「じ、実は直接ご説明したい報告がありまして・・・、お時間いただけますでしょうか」
「ああ。まあ座るといい」
ソファに向かい合って座ると、事務局長は一冊の報告書を校長に渡した。
「こ、今回の定期試験の結果と昨年度との比較です。まず一度目を通していただけますか」
事務局長に言われ報告書を開く。各学部の最高点数と成績優秀者、平均点をざっと見た後に昨年度との比較のページにうつるとピタリと目線が止まった。
「む・・・。これは・・・」
昨年度と比べ今年度は正答率が11ポイント上がっているのだ。それも一つの学部だけではない。全ての学部で正答率がグンと上がっている。
「今回の定期テストはこんなに点数上がっているのか」
「わ、私も目を疑いました。しかし、計算間違いがないか何度も計算し直してダブルチェックもしたのです」
事務局長の心配性な性格上、何十回と確認したのだろうことは想像に難くなかった。それでもこの結果が出るということは、計算が間違っているというわけではないらしい。
「では、間違いはないということか」
問題はなぜ正答率が上がったのか、その原因だ。今年は退職等による教授・講師の入れ替えはなかった。教科書も大きな変更はない。それ以外で今年と昨年度で違うこと、変わったことといえば、校長には一つしか思い当たらなかった。
「図書館の影響かもしれないな」
そう。この学校で唯一変わったのは図書館だけ。楓によってどんどん変わっていく図書館の様子は瞬く間に学生間に広がり、図書館を活用する者は以前よりも段違いに増えた。
「と、図書館ですか?確かに最近利用が増えているとは聞いていますが・・・」
図書館と学生の成績アップ、事務局長にはこの二つがどうしても結び付かなかった。校長自身成績にまで影響を及ぼすと楓から聞いたときは信じていなかったのだから、話を聞いていない事務局長がすぐに理解できないのも無理はない。
「そう。最近うちにカエデ・ガーランドという城内図書館の司書が出向してきていることは知っているね」
「え、ええ、確か3ヶ月間の予定でしたか」
「彼女が教授たちや周りの司書を巻き込んで、テーマ展示やらおすすめ本の展示やらいろいろやっているんだよ。それが、試験対策をしている学生に刺さったということだろうね」
「さ、刺さったですか・・・」
事務局長は未だピントきていなかったが、他に説明のしようがなかった。
「成績に影響があるとなれば、無視することはできなくなってしまったな」
セントパンクロス大学校は優秀な人材を輩出すると各業界にある程度信頼を得ている学校でもある。学校の提供できるサービスが向上すれば、その分さらに学生を集めることに繋がるだろう。
それに加えて、利益が見込めるとあれば司書専攻を開設することも本格的に検討したくなるのが学校経営者の性というもの。
「来年から司書専攻を開設してみようか」
「えっ?!」
「本気だよ」
「は、はあ。では役員会を開きますか?」
例年、この時期に役員会は開いていない。しかし、何かしらの報告事項や学校経営に関する変更等が生じれば臨時で役員会を開くことが出来る。
「そうだな。準備を頼む。私はそれまでに資料をまとめておこう」
「承知しました」
臨時の役員会はそれから4日後に開かれ、校長のプレゼン力により賛成多数で承認された。
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