第8話 変化

 ある日を境に、学校図書館の利用者は目に見えて増加していた。彼らの目当ては、教授のおすすめ本コーナーだ。明らかにそのコーナーに直接足を向けるものが多かった。しかし、今現在は借りられすぎてほとんど置かれていない状態となってしまった。複本が無い限り補充のしようもなく、おすすめ本コーナー目当てで来た学生は本がないことを確認すると踵を返して真っ直ぐ入り口に戻っていった。

 しかし、帰りしなカウンター近くに設置したパスファインダーを手に取った幾人かは、パスファインダーを見ながら再び踵を返し書棚へと戻っていく。


「すみません、「教育学汎論」を探してるんですけど・・・」

「「教育学汎論」ですね、こちらにどうぞ」


 1人は書架整理をする司書を捕まえ、目当ての本を尋ねた。目に見えて図書館を訪れる学生の数は増えている。

 楓の策が勉強をする場所という利用の仕方だけではなく、本を探して借りるという形での利用につながっていた。


「まさかここまでとは」


 館長はその様子を驚きながら眺めていた。館長の要望を元に打ち出された楓の策は、多くの本が利用する学生に渡るようになっただけではなく、普段足を運ぶ習慣のない学生まで誘い込んでしまった。おかげで貸出冊数、利用者数ともに増えていることは今回の利用統計報告書でも明らかだ。


「これを官職がどう見るか・・・」


 司書専攻の開設案に官職側はあまりいい顔をしていなかったらしいことは、館長も事務方のクリフトン卿から聞いていた。彼が堅物で仕事を増やされることを嫌うことも風の噂で知っている。司書専攻の開設を応援している立場としてはなんとか楓の努力が伝わってほしいと願ってやまない。

 当の楓は他の司書から今までのテーマ展示、パスファインダー、コーナー展示について尋ねられ教えていた。


「さて、私のできることをせんとな」


 館長はデスクに向かうと、ある書類を作成し始めた。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


 コンコン、


「どうぞ」

「失礼します」


 夕方、校長室を訪れたのは図書館長、ギャレット・ゴレッジだった。


「少しお時間頂いてもよろしいですか」


 そう声をかける館長に、決裁に向けていた顔を上げる。館長が手には何やら書類が握られていた。どうやら簡単に終わる話ではないらしいことに気づくと、校長室の中央にあるソファへ座り館長にも座るように促す。


「失礼します」

「一体どうしたんですか。館長が校長室までおいでになるとは珍しい」

「今日は一つお伝えしたいことがありましてな」


 手にしていた書類を校長へと差し出した。そこには、「司書専攻開設に関する要望書」とある。それを受け取り目を通しながら、今学校図書館に城内図書館から司書が出向していることを思い出す。


「カエデ・ガーランドさんでしたかな。彼女が来ていることと関係が?」

「彼女は、ここ数年図書館が抱えていた問題をたった1ヶ月で解決してしまいました。資料の2ページにあるガーランド卿が来てからの利用統計がそれを証明しています」


 彼女が司書専攻の開設を教育部に直談判した話は校長の耳にも入っていた。必要性を感じないという担当者に、必要性を証明すると啖呵を切ったことも。

 館長に言われてページをめくり統計をよく見ると、どの数字も大きく増えていることがわかる。図書館の月間利用統計報告書の決済権者は学校長であり、毎月上がってくる報告書をチェックしているが、このような数字の伸びは見たことがなかった。


「昨年度に比べ大幅に数字が伸びてますね」

「ええ、私が提示した問題点に対してガーランドさんはこの1ヶ月で立て続けに3つの対策を打ち出し、その結果がその数字として出ておるのです。聞けば学生の時分に図書館学を学んだノウハウだと言うのです。実際現状として、職員の中には彼女から教わろうとするものが出て来ています。このノウハウを司書の皆が受け取ることができればと思うのです。さらに言えば、」

「それを学生に学ばせたいということですか」

「学ぶのが早ければその分、伸び代が増えます。司書が成長し図書館が豊かになれば教育に及ぼす影響も大きいはず」

「なるほど」


 しばらく黙って要望書を一通り見終わると、校長は再び顔をあげた。


「館長の言うことにも一理あるでしょうが、今の段階ではまだ結論は出せません」


 校長の反応は館長にとっては予想していた範囲内だった。最初から上手くいくとは思っていない。しかし、校長は物分かりの悪いタイプではない。また何か良い変化が起きたときにでも再度押してみようと算段をつけていると、校長はさらに続けてこう言った。


「ですが、ガーランドさんにも少し話を聞いてみましょう。彼女を呼んでもらえますか」

「承知しました」


 これは良い傾向だと感じた館長はすぐに楓を呼びに席を立った。

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