第3話 学校図書館へ出向
正式にセントパンクロス大学校への出向が決まり、教育部との協議から3週間後には出向初日を迎えていた。
この日は教育部からコネリー卿も学校長への挨拶に同席した。
「一緒に来ていただいてありがとうございます」
挨拶を終えて学校長の部屋を退室した楓は、一応伝えるべきだろうとお礼の言葉を口にしたが、コネリー卿の表情は固い。
「ただ、あなたが失礼を働かないよう言動を監視するために来ただけだ」
想像はしていたが、完全に楓はコネリー卿から目をつけられてしまっていた。
「それではこれで」
そう断ると、コネリー卿は足早に帰っていった。
「何もここで1人残さなくても・・・」
苦笑いを浮かべつつ事務局を目指す。事務局では以前協議の場に来ていたクリフトン卿が待っていた。
「お待ちしていました」
「今日からよろしくお願いします」
「図書館へご案内しますね」
「ありがとうございます」
図書館は学校内の1階にある。2階の事務局からは正反対の位置にあった。
「実は、ガーランド卿がいらっしゃるのを楽しみにしていました」
「え?」
「近年の予算編成で図書館の予算が減らされていて、図書館の存続が危ぶまれているんです」
「そう、なんですか」
「私は当校の卒業生なのですが、この図書館に大変助けられました。出来れば無くなってほしくないと思っているのです」
クリフトン卿はピタリと足を止めて、窓から図書館がある方向を見つめた。その横顔には不安の色が滲んでいる。
「近年、ガーランド卿の監修で王立中央図書館が良くなったという噂はかねてから耳に入っていました。図書館でなんらかの成果が出れば、学校側も無視できません。どうかよろしくお願いします」
会議の時、クリフトン卿が出向に二つ返事で了承したのはこれが理由だった。
「お力になれるよう頑張ります」
はっきりとした口調で言う楓に、クリフトン卿の口元に笑みが溢れる。
「協力できることがあれば、なんでもおっしゃってください」
「そう言っていただけると心強いです」
「話しすぎましたね。行きましょうか」
クリフトン卿は照れ臭そうに笑うと、再び図書館に向かって歩きはじめた。
⌘⌘⌘⌘⌘⌘
「こちらが当校の図書館です」
入り口は大きな扉が待ち構えていた。扉には細かい装飾が施され、城内図書館よりの何倍も豪華な作りだ。
「立派ですね」
「私もそう思います。さ、中へどうぞ」
クリフトン卿に促されて中に入ると、正面にはカウンター、その脇に書架がずらっと並んでいた。放課後の時間ということもあって、所々配置されている閲覧机はほとんどが勉強に打ち込む学生で埋っている。
「館長を紹介しますね」
カウンターの職員に簡単に挨拶すると、カウンター内の事務所に通される。
館長は事務所の1番の奥で仕事をしていた。クリフトン卿が声をかけると人の良さそうな笑顔を浮かべ、老眼鏡を外した。
「はじめまして、カエデ・ガーランドと申します。お世話になります」
「この図書館の館長、ギャレット・ゴレッジです。どうぞよろしく」
握手を交わすと、お役御免とばかりにクリフトン卿は事務局に帰った。クリフトン卿を見送ったあと、館長のデスクの真後ろにある応接セットへ案内された。
「さて、ガーランド卿はこの学校に司書専攻を開設したいのだとか」
「はい。私自身、図書館を勉強したノウハウが仕事に活きていると感じています。・・・館長は司書専攻の話を聞いてどう、お感じになられましたか」
「ふむ・・・。私が図書館で働き始めた頃もそうですが、代々先輩から教えてもらいながら図書館というものを学んできました」
昔を思い出すように、腕を組み目を閉じた。先輩の教えは今も館長の心の中に刻まれている。
「しかし、それを学校で学び知った状態で職についていたら。先輩たちの時間を労することなくもっと色んなことに時間を割くことが出来たのだろうかと、あなたの提案を聞いて初めて思ったわけです」
組んでいた腕をほどきトンと膝に手をつくと、優しい栗色をした瞳で真っ直ぐに楓の目を見る館長。その目尻には笑い皺が浮かんでいる。
「ですから、僕は賛成ですよ。ぜひ頑張っていただきたい」
「ありがとうございます」
味方が増えるのは心強い。
「せっかくなので、ガーランド卿にこの図書館の問題点を一つ解決していただきたい」
「一体どんな問題が起こっているんですか」
「司書を頼らず本を探そうとして、見つからず諦める学生が多いのです。声かけをしたりしているのですが、断られてしまったり良い手が見つからない」
利用者の中には出来れば司書に声をかけたくないという人もいる。お店で店員に声をかけられたくない気持ちに近いだろう。しかし、自分で探した末に見つからないということも少なくない。これが3、4年生まで来るともはや時間がなさすぎて借りれる手はなんでも借りたくなるので、探すのに時間がかかりそうな本は端から司書を頼るようになるのだが、1、2年生はまだそうはいかない。
「なるほど。司書を頼りたがらない学生でも最終的に目的の本にたどりつくようにしたい、と言うことでしょうか」
「ええ。そんなこと出来ますかね」
ニコニコと期待の目で楓を見る館長に、できませんとは言えない雰囲気が漂う。
司書を介さないで本を探す方法はなかったかと頭の中をフル回転させる中で、日本ではよくやっていたある2つの方法を思い出した。
「そう、ですね・・・。2つ確認があるんですが、まず、こちらで本のテーマ展示ってしたことありますか?」
思い出したもののもうすでにしていることだったら恥ずかしいので、一応確認する。
「テーマ展示?一体どんな展示ですか」
「一つテーマを決めて本の特集をする展示です」
「初めて知りましたな」
「なるほど。ぜひやりましょう。それからもう一つ、同じジャンルの本をまとめて紹介した冊子のようなものってありますか」
「それもありません」
「それもやりましょう」
「いいでしょう。しかし、その2つに一体どんな効果があるんのか見当もつきませんな」
想像がつかない状態なのだろう。館長は不思議そうな顔をしている。
「それは・・・。見てのお楽しみです」
ニヤリと笑う楓に、本当に大丈夫かと館長は少し不安になった。
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