第2話 図書館法を作りましょう 2

「庶民も学べるようになればいいのに」


 独り言の様に呟く楓に、レオンは何を言っているんだ言わんばかりの顔をする。


「セントパンクロス大学校の学費は決して安いものではないぞ」

「庶民であそこに通えるのはよほど成績が優秀だと認められた人だけですからね」


 そうセントパンクロス大学校は庶民にとって狭き門。入学試験で優秀な成績を修めなければ入学認められないかわりに、入学が認められれば入学金や授業料は免除される。


「例えばなんですけど、履修した科目の分だけ学費を納めるのどうでしょう。学校としては収入が増えますし、悪い話じゃないと思うんです」

「決まった科目だけ取るということか。それでは入学するものと変わらないのではないか?」


 カウリング卿の疑問はもっともだ。差が無ければ金額が安い方がいいに決まっている。わざわざそのために大学校を受けなくてもいい。


「入学する人は他の講義も取ることができて、かつ実習を可能に。科目だけ取る人は図書館司書の資格に関する科目だけ取れる代わりに聴講料などを安くして、実習は出来ないものとすれば違いができます」

「なるほど」

「・・・あとは先生と教科書をどうするかですね」

「先生はガーランド卿が適任ですね」

「そうしたいところなんですが、科目が多いので流石に体が足りなくて・・・」


 楓の頭の中にはすでに学生時代に履修した科目がいくつも浮かんでいた。その全てを受け持つとなると、今度こそ過労で倒れるだろう。

 楓の忙しさを知るペンフィールド卿は、乗り出していた体を背もたれに預けた。


「それもそうですね・・・。すみません」

「でも教科書・・・。教科書さえ完成できれば、それにそって教えることが出来ます。私と一緒に教えてくれる人を探して、手分けすれば出来ると思います」

「そうか!そういうことならば我々も協力しよう。もちろん実習先についてもだ」

「しかし、官職は副業を禁じられています。私は構いませんが、お二人は・・・」


 官職は財を持ちすぎると汚職が横行する恐れから、副業を禁じられている。講師を引き受けるということはタダ働きをすると同義だった。そのことを心配する楓に副館長であるペンフィールド卿は柔和な笑みを浮かべる。


「良いのですよ。承知の上ですから」

「ありがとうございます」


 人材探しは1番時間がかかるだろうと思っていた分、2人が協力してくれるのはとても嬉しいことだった。


「そうなれば、私からお二人の業務ついて上に報告をしますよ」

「それはありがたい!」


 レオンの提案に場がどっと湧いた。

 レオンの言う報告とは、人事部に年に一度あげる業務態度についての報告のこと。最終的にはガブリエル王まで上がり、その評価によって昇給や昇進が決まる。

 必ずしも評価されるわけではないが、それで評価されればラッキーくらいに館長と副館長の2人は考えていた。


「さて、授業に必要な要素はこのくらいだろうか。後の細かいところは教育部と協議しないといけないだろう」

「そうですね。まず開設の許可を学校側と救育部に貰わないといけないですし」

「そこについて話してなかったな」

「それについてはちょっと考えがあります」

「考え・・・?」

「ええ」


 満面の笑みを浮かべる楓に、レオンは嫌な予感がしていた。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


 教育部との協議の日。協議の日にちを設けるにあたって事情を説明すると、セントパンクラス大学校の事務局長も協議に参加することになった。

 そのため、教育部からはトレバー・コネリー子爵。学校からは事務局長ルーカス・クリフトン子爵の2名が協議の場に出席した。


「今日はお時間頂きありがとうございます」

「図書館司書の資格を取られる学部を開設したいということでしたが、まず内容について説明頂けますか」

「はい。ではお手元の資料の3ページをご覧ください」


 各々事前に渡しておいた資料をめくる。


「まず、図書館司書の現状についてご説明します」


 先日話し合った内容をレオンが簡潔に、要点をまとめて伝えると、教育部の担当者のコネリー卿はあまり興味がないと言いたげな表情だった。


「司書の現状についてはわかりました。学校で勉強する必要性までは感じませんが」


 思ったよりもはっきりと表すコネリー卿に、楓の中で何かスイッチが入った。


「そう思われるんじゃないかなと思っていました。ですが、私は学問として司書や図書館を勉強し、司書を資格化していきたいと考えています」


 これではコネリー卿の態度は軟化しない。このままでは膠着状態に突入してしまう。そう感じたレオンが口を挟む前に、楓は再び口を開いた。


「多分、言葉で説明するのは難しいんです。なので、実際に体感したら分かりやすいと思います」

「体感?」

「この場に学校の担当者がいてくださって助かりました」

「何?君、一体何を・・・」


 資料から顔をあげ臨む楓の顔は、満面の笑みだった。


「セントパンクロス大学校内学校図書館に3ヶ月出向させてください」

「はあ!?何言ってんだお前!」


 よそ行きの仮面は外れ、コネリー卿はブチギレていた。

 張り上げられた声に隣に腰掛ける学部・入試担当のルーカス・クリフトンは驚きの表情を見せたのち、苦笑いを浮かべている。

 沈黙が流れる中、正気を取り戻したコネリー卿はメガネをクイっと上げ咳払いすると話を続けた。


「なぜ、学校図書館へ?」

「学生と図書は切り離せません。数ある課題をこなすためには本から学ぶことは非常に多い。しかし、彼らが効率よく図書館や本を使いこなすには、司書の存在は不可欠です」

「何を言う。司書なんか本を探すだけだろう」

「(やっぱりそう思ってたのね・・・)いいえ。図書館学を学んだ司書がいると言うことがどういうことなのか、証明して差し上げます」


 自信満々に答える楓に不信感を持ちながらも、一応学校側の意見も聞こうとクリフトン卿を見やる。


「いかがでしょう、学校図書館へ出向したいと申しておりますが・・・」

「学校としては全く問題ありません」


 はっきりと答えたクリフトン卿の返答は、コネリー卿にとってはあまり芳しい返答ではなかった。どうせ無理だと言われると思っていたのだ。しかし、学校側からこう言われてしまっては拒否することはできない。


「3ヶ月の期限付きで出向ということですが、ベイリー卿もそう言うことでよろしいですか」

「よろしく頼む」


 コネリー卿は諦めたようにため息をついた。


「それでは協議はここまでと言うことで、失礼させてもらいます」

「では、私も学校側に報告が必要ですので、これにて失礼します」


 コネリー卿とクリフトン卿は資料をトントンと揃えてまとめると部屋を退室していった。


「上手くいくと思うか?」

「上手く・・・いくように努力します」


 大口を叩いた以上、結果を残すほか道はない。全て楓にかかっていた。

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