【閑話】 アクセサリー屋 メレ 3

 依頼主の許可を得られたので2つ目のリングに早速取り掛かった。


「さぁて、やるか」


 次のリングの課題は、1ミリのリングに加工したガラスを付ける石留めという作業があるということだ。慎重に石を固定しないと細い爪を折ってしまうのだから、神経の使う作業となる。細すぎず太すぎないギリギリの太さに爪を調節して蝋を削ると、1個目のリングと同じ方法でリングを作り、固まるのを待つ間にガラスの加工を済ませてしまう。

 依頼主と相談し、今回のリングは丸爪なので、ガラスも丸いラウンド型でカットすることになった。溶かしたガラスを雫型の金属の型に流し込み冷やすと小さなガラスの石が出来上がるのでそれをカット・研磨し、今度はそれを石膏から取り出したリングに取り付けていく。


「やっぱ銀は柔らかいな・・・」


 強度を高める加工をしていても銀は柔らかく曲げやすい。そのかわり、あてた器具の形が残ってしまうことがあるため力を入れすぎないよう気をつけなければならない。器具に布を巻き少しづつ石をはめる。

 リングを加工し終えたころには額に汗を滲んでいた。完成したリングをテーブルに置くと、手の甲で汗を拭う。


「出来たんですか?」

「うわ!」


 集中のあまり近くに人が来ている方にも気づかなかったダニエルは、突然背後からかけられた声に驚き振り返る。すると、セシリアがダニエルの肩越しに完成したリングを覗き込んでいた


「あ、ああ」

「ずいぶん疲れているみたいですけど」

「銀の加工は気をつけないといけないからな。ヘマしたら最悪最初からやり直しだし」


 セシリアは話を聞きながらダニエルの背後から回り込みテーブルに近寄り、間近でリングを観察している。


「こんな細いリングってできるんですね」

「出来るかどうか心配だったけど」

「今回製作期間長かったですもんね。大丈夫なんですか?」


 今回この2つのリングを作るのに10日。通常ならかかっても5日程度であることを考えるとたしかに長かった。セシリアは依頼主が怒っていないか心配していた。


「依頼主には話してあるから大丈夫さ」


 出来たリングを納品用のアクセサリーボックスに納めると、店のロゴが入っている紙袋に入れる。

 リングの完成を依頼主であるガーランド卿に連絡すると翌日の夕方に来店した。


「ガーランド様、いらっしゃいませ。ご来店いただきありがとうございます。まず、依頼書をお預かりいたします」

「はい」


 受付カウンターで鞄から取り出された依頼書を確認すると、最初に打ち合わせしたテーブルに案内し、椅子を引く。


「どうぞこちらにかけてお待ち下さい」


 ガーランド卿が腰掛けたのを確認し一旦工房に下りる。作業台に置いておいた商品を準備して店頭へ戻った。


「お待たせいたしました。こちらが完成したリングです」


 テーブルに戻ると箱を開いた状態で渡し、商品を確認してもらう。ガーランド卿は箱を手に取ると、じっとリングを見て満足そうに笑う。


「ぜひ着けてご確認ください」


 そっと箱から手に取り右手の中指に通して、着け心地を確認する。手をヒラヒラと動かすとガラスがキラキラと光った。


「難しい注文をたくさん言ってしまったのに、こんなに応えてくださってありがとうございます。イメージ通りです」


 その一言を聞いて、ダニエルはやっと安心できた。オーダーメイドの注文を受ける時はいつもそうだ。たまかに納品して確認してもらった段階でイメージと違うと言われることだってある。商品を渡して反応を見るまでは安心できない。


「大変でしたよね。ありがとうございました」

「恐れ入ります。それでは、商品の代金9万セントになります」


 前もって提示していた金額を代金としてもらうと納品書とペンを渡す。


「確かに代金お預かりしたしましたので、こちらの納品証明書にサインをお願いいたします」


 ガーランド卿は指輪を箱に戻して納品書のペンを受け取りサインをする。

 サインが終わると2枚目の転写を剥がし商品と一緒に店の袋にしまうとガーランド卿へ渡した。


「それでは、必要な手続きはこれで終了となります」

「ありがとうございました」


 立ち上がるガーランド卿の椅子を引き、店の外まで見送った。少し行ったところで足取り軽く商品の袋を前後に振りながら歩く後ろ姿に、本当に喜んでくれたのだと確信して嬉しくなる。この商売をしていると、心ない態度を取られることもある。頑張って作ったものをそんなものかと言われることだってある。そういった客に接することもある分、納品したアクセサリーを本当に喜んでくれている姿はダニエルにとっても嬉しいことだった。さらに、今回新しい依頼を受ける中で新しいデザインも開拓することができた。ダニエルはガーランド卿を見送る今この瞬間も、浮かんでくるデザインを書き留めたくてうずうずしていた。早速工房に戻ろうとした時、ちょうど営業担当のグレゴリーが営業先から帰ってきた。


「只今帰りました」

「おう、おかえり」


 グレゴリーと一緒に店に戻ると時計はもう閉店時間を指している。閉店の札を出して店じまいの準備を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る