【閑話】 アクセサリー屋 メレ 2

 ダニエルは客が帰ると店頭から下り、依頼の指輪の製造方法について考えはじめた。まず1ミリのリングが問題無く作れるのか試してしてみないと、デザインには取りかかれない。

 工房に入るとリングを作るため蝋と石膏を用意する。指輪を作る方法はいくつかあるが、ダニエルが得意なのは蝋を使った作り方だ。今回も蝋を使った方法でできるかを試してみようと準備を始めた。

 まず四角に固められた蝋の板をリングの形に成形する。それを蝋とは違う熱で溶けない材料で作られた台に固定し円柱の金属の中に入れると石膏で埋めた。石膏が固まったのを確認した後、蝋を置いていた台を抜いて炉に入れ、蝋が無くなるまで焼く。すると、空洞のある石膏が出来上がる。湯道から金属を注ぎ込み固まるまでしばらく置き、固まった頃を見計らって慎重に石膏を割りリングを取り出す。

 銀が固まって出来上がったリングを観察したり軽く力を加えてみるが、商品として申し分ないものだった。


「ここまでは問題無いと。問題は研磨か」


 余分な金属を取り除きリングを研磨しようとするが、細いが故にどうもリングが動いてしまう。銀はその性質上柔らかく歪みやすいので強度を増すためほんの少し銅が混じっているが、それでも力を入れすぎないよう気を付けなければならないため、強く持つことはあまりしたくない。


「指で持たないで研磨できればいいんだよな。支えるのに何かに挟んで・・・」


 ちょうど手近にあったペンチで指輪をつかんで研磨してみるが、片手が塞がって作業がしづらい。一体何で挟めば固定できるのか、ダニエルは工房内を見回して探した。


「いいのがないなぁ」


 アクセサリーの工具には手ごろなものがなかった。ないなら代用出来るものを見つけるしかない。ダニエルは目を瞑って少し考えこんだと思えば、工房内にあった一番大きいダブルクリップがあったことを思い出す。ダブルクリップを見つけ出し、布を噛ませてリングを挟んでみた。これならズレにくくなるが、接する面が小さく力が集中してしまいリングが凹んでしまう。


「っだあ!もう、作るしかねえか!」


 工具を新しく作るには金物屋に依頼する他ない。予備で置いてある依頼書に要望をまとめていると、営業時間を終了し店を閉めた受付担当のセシリアが工房へ入ってきた。


「工具の依頼ですか?」

「ああ、さっきのお客さんの依頼の関係でね」


 例の客を最初に接客したのはセシリアだったため、すぐになんの依頼か思い当たったようだった。


「難しい依頼なんですか?」

「んー、そうかな。掴んで研磨しても安定しなくてさ」


 失敗したリングを見せると、納得したようにフーンと何度か頷く。


「今日は残るんですか?」

「いや、帰りに工具を発注しないといけないから、もう帰るさ」

「じゃあ私ももう帰りますね。お疲れさまでした」

「おつかれ」


 工具を置き机の上を適当に片付けると、馴染みの金物屋へと急いだ。閉店ギリギリに滑り込み工具を発注すると、すごく嫌な顔をされたのは言うまでもない。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


 数日後、届いた工具はダニエルの要望通りのものだった。2枚の金属の板が向かい合わせになっていて、その2枚の金属の板にそれぞれ2つの穴が開いており、穴には螺旋状の溝が彫られている。その穴にハンドル付きのボルトを通し、ハンドルを回すことで2枚の板が狭まることで物を固定することができる。板の内側にはフェルト生地が貼り付けられていて、リングが傷つかないようになっている。早速先日切り出したリングをセットして研磨すると、うまい具合に力をかけることが出来た。

 これなら出来る。そう確信するとさらに削って成形し研磨をかけ、甲丸に仕上げる。


「何とかできたな・・・」


 作業にはいつもより時間がかかってしまったが、1つ目のリングを作ることが出来る確証を持ち、これで2つ目のリングも作ることが出来る見込みが立った。

 蝋を使って鋳造できるということは爪留めという方法で石留めをすることが出来る。今度は机に向かいペンを取ると、浮かんだデザインを書き留めていく。爪は低めに4本。華奢な雰囲気を邪魔しない丸爪にすることにした。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


 ダニエルは受話器を取ると、以前リングの依頼主からもらっていた連絡先にかけた。


「はい、アーキュエイトです」


 依頼主の職場がアーキュエイトだったことに驚いたが、気づかれないよう気をつけながら用件を伝える。


「メレのダニエルと申しますが、カエデ・ガーランド様をお願いいたします」

「ガーランドは私ですが、依頼した指輪の件でしょうか」


 出たのは依頼主本人だった。作れないという可能性はなくなったことを話し、改めて時間が欲しい旨を伝えると以前話したとき同様快諾してくれた。


「それでは、出来上がったデザインを確認頂きたいので、一度ご来店頂くか伺うかしたいと思いますがどちらがご都合よろしいですか?」

「明日午前中に伺います」

「承知いたしました。お待ちしております」


 この翌日、デザインも見てもらい、金額を提示してOKが出たので、次のリングに取り掛かることになった。

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