第12話 突きつけられた現実

 本の整理をする中でわかったことがある。分かったことというよりも確信を得たという方が正しいかもしれない。それは、


「ここは、私がいた世界とは違う世界だ・・・」


 そう、世界地図、創世記、歴史、宗教・・・この全て楓が過ごしていた日本とは違っていた。さらに歴史を調べて気づいたこと。それは以前にも楓のように違う世界から来たような人物の記録はなかった。それは、元の世界に戻ろうと思っても、手掛かりがないことを示していた。


「これは、もう受け止めるしかないのかな」


 今まで訳のわからない状況になんとか順応し生活してきて、それでもどこか帰る方法があるんじゃないかと調べてきたが、張りつめた糸が切れたような感覚だった。調べてあげ辞書ほどの厚さになるまでまとめた資料を置き、酒を一口煽る。今日は呑みたい気分だった。呑まずにいられない。幸い明日は休み。空になったボトルを片付け、フードパントリーにある酒を取りに行った。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


 朝起きると、案の定二日酔いだった。それでも買い物には行かないとさすがに食べるものがなくなってしまうと、中央広場で開かれている市場へ出かけた。

 馴染みの店で買い物を済ませて少し自転車で走る。この街の街並みを自転車で巡るのが好きで、たまにこうして運動がてら走っていた。なにか考えに行き詰まるといつも。

 ボーッと自転車を走らせているうちに高級住宅街に差し掛かると、通りかかった馬車から声をかけられた。


「カエデさん、こんなところでどうしたんだい?」


 馬車から顔を出したのはフックウェイ子爵の息子、ケネス・フックウェイ卿だった。彼は文書管理担当の職員でレオンの部下、ハリーの同僚だ。

 これから出かけるのだろう、職場で見た時とは装いが違う。


「ちょっと散歩です。そちらこそお出かけですか?」

「まあ、ちょっと。暗くなるから、もう帰ったほうがいいじゃないかな」


 辺りを見ればもう日が傾いていた。治安が悪い地区もあるので暗くなると1人での外出を控えるのが王都での常識だった。


「そうします」

「あ、そうだ。カエデさん、ありがとう」

「?」


 なんのお礼なのかわからず首を傾げる。


「図書館で働いてくれたおかげで見る見るうちに綺麗になっていて、改善策もどんどん出してくれる。今まで手をこまねいていたことがなんだったのかと思うくらい」

「そんな」


 経験したことを提案しているだけだと、そう言おうとしてやめた。日本で働いていた時のことは説明できない。


「図書館を運営するという状況がどんどん整っていく。本当にすごいと思うよ」

「ありがとうございます。お役に立てて嬉しいです」

「謙虚だね。・・・ごめん、もう行かないといけないんだ。引き留めて悪かったね。ではまた」

「では」


 自分の経験が何かの役に立ててるんだ。そのことがどうしようもなく嬉しかった。それだけでなんてちょろいかもしれないけど、この世界に来て良かったと思えてしまう。


「さ!帰ろう」


 自宅へ向けて自転車を漕ぎ出した。家でおいしいご飯を食べておいしいお酒を飲んでゆっくり眠った。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


 気持ちを新たにした週初め。今日はアーキュエイトの出勤日だ。先週のうちに予算も決まって今は平常営業になっていた。

 この日は給料日だったので、従業員の給料の一覧をから給料を算出し、みんなの分の給料をマリアンから受け取り封筒に詰める。楓は事務の給料にカエデシリーズのアイディア料(1着分)が合わさって支給されていた。出勤日数が少なくなった分給料の減額を申し出ていたので、前よりも給料は少なくなっていた。これと別に図書館の分の給料が入るので結果的には収入が増えるだろう。

 一度ロゼッタさんにも金額の誤りがないか確認してもらうと1人ずつ渡しにいった。受け取りのサインを貰い全員に渡し終えたらロゼッタさんに報告する。


「最近まで忙しかったみたいだけど、疲れてないかい?ちゃんと休みなさいよ」

「え?」


 この間まで図書館に詰めていたこと、バレているのだろうか。ロゼッタさんは心配そうに楓の顔を覗き込む。


「あのあとこっちも忙しくなっちまっただろう。根詰めてたんじゃないかと思ってね」

「やっぱりバレてましたか」

「そりゃ分かるよ。いつも15分前にくるような子がギリギリにくるんだから。それに、なんか様子がおかしい時もあったしね」

「そうですよね」


 なんとか誤魔化していたつもりだったけど、忙しいこともここが故郷とは違う場所だという現実を知って凹んでいたことも、隠し通せてはいなかったようだ。


「でも、週末にリフレッシュ出来ましたから大丈夫です」

「そうかい?まあ、あんたがそういうならそうなんだろう」

「ご心配おかけしてすみません」

「いいや、新しいことを始める時はそんなもんだろう?それにあんたは掛け持ちしてるんだから余計ね。無理はしないで頑張りな」

「はい」


 ロゼッタにそう言われると元気が出るのは不思議だ。いつもロゼッタに元気をもらっている。店をまとめあげて、デザインも描き続けているロゼッタの方が忙しくて大変なはずなのに。


「今日は飲みにいこうか!」

「え!明日仕事ですよ!?」

「関係ないよ。さあ行くよー!」


 なんで彼女はこんなに元気なのだろうか。ロゼッタに引きづられ飲み屋へ繰り出した。

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