第14話 3人よれば

 アーキュエイトの出勤日の夜、この日は次の日が休日ということもあってロゼッタとデヴォラと呑みに出ていた。そして今日の話題は、昨日の事件だ。


「たまたま文書管理担当の残業が終わったからよかったですけどね〜」

「シャルロット・キャンベルってキャンベル男爵の娘よね」

「ゲイリー卿のストーカーだって有名な?」


 ロゼッタとマリアンもシャルロットのことを知っていた。服飾系の商売をしていると、貴族のドレスの注文も多く入るため貴族間の噂も自然と入ってくる。


「有名なんですか」

「そりゃ有名よ。ゲイリー卿に会いに週に何回も城に行って、ゲイリー卿が話す女性全員に因縁つけてるから茶会には呼ばれないし、友達もいないって話よ」

「問題は彼女の思い込みの激しさで、ただ話してただけの人も因縁つけるらしいですよね。しかも、物を盗まれたって言って濡れ衣を着せられた人もいるって聞きました」

「そんなだからゲイリー卿もなかなか結婚相手が見つからないらしいわ」

「それは同情を禁じえませんね」


 2人は知っていたどころか詳しかった。レオンが気をつけろと言ったのはこういうことだったのなら、そこまで言っておいて欲しかった。と若干レオンの言葉足らずに苛立ちを感じてしまったが、彼自身被害を負っていることを知ると責めるに責められなくなってしまう。


「ほんとにね。あなたも気をつけなさい」

「気をつけようにも、仕事が・・・」

「「・・・」」


 当分の課題は文書管理担当を頼らずに仕事をすることのようだと割り切るものの、どうしようかと悩みながら酒を煽る楓にデヴォラの後ろの方で呑んでいた1人の男性が声をかけてきた。


「君、お城の図書館で働いてるの??」

「ええ、まあ」

「連れがトイレに行っちゃったんだけどさ、たまたまあなたたちの話が耳に入って。あ、俺こういうものなんだけど・・・」


 男性は懐から名刺を出すと、3人に渡す。名刺を確認するとコデックス社という製本会社の職員で、ドミニク・パートリッジ、日本で言う係長のポジションだ。製本会社・・・と少し思案すると途端、楓は仕事の顔になった


「女性で図書館職員なんて珍しいね」

「たまたま縁あって図書館に・・・。あの、ちょっとお聞きしたいんですけど」

「なんだい?」


 男は手に持っていた酒を一口煽る。


「もし、もしですよ?図書館から修理の依頼がきたら、受けられますか?」


 楓の質問に最初はキョトンとした顔をした後、人差し指を鼻に、親指を頬骨に当てて少し考える。あまり芳しく表情ではない。


「ん〜。なんでもは無理じゃない?」

「もちろん、破れ、ページ抜けくらいの修理ではなく、バラさないと直せない本ではどうでしょうか」

「なるほど。それなら一考の余地があるね。バラした後の工程は製本と大きく変わらない」


 途中まではとりあえずといった感じで聞いていたドミニクも、ビジネスの匂いがしたのか少し興味を持ったようだ。


「ですよね!」

「それに、従来出版時になんらかの理由で故障があったら直せるなら直して出版するから、製本の部署とは別にそういった部署も存在する。そもそもそういったことがないようにと作業はするから、その業務の仕事が過密かというとそういう訳でもないし・・・」

「それなら・・・。あ!」


 話が盛り上がっていて忘れていたが、この件は彼の名刺を見て思いついただけでまだ文書管理担当へ相談していないことを思い出す。このまま口頭の仮契約となってはいけない。きちんとそこら辺は伝えておかないと。


「まだうちの上司と相談もしていない段階なので、この件はあくまで相談ということで・・・」

「分かっているよ。さすがにお酒の席で初対面の相手と仮契約はしないさ」

「ありがとうございます。上司と相談の上通れば改めてお話しさせてください」

「名刺の部署宛に連絡をくれれば対応させてもらうよ」

「ドミニクー!」

「お、連れが戻ったから俺も戻るか。それじゃ」


 トイレから戻ってきた連れ合いによばれ、ドミニクはカウンターにいる連れ合いのところへ帰っていった。気づけばロゼッタとデヴォラを置いてけぼりにしてしまったと気づくと急いで詫びると特に気にしていないようだった。


「いいわよ。ロゼッタさんなんてそんなことしょっちゅうなんだから」

「なによ。そんなこと・・・、ないこともないわね」


 心あたりはたくさんあったようで、指折り数えて自分で納得していた。


「それにしても、仕事のことになると変わるわね〜」

「そうですか?」

「たしかに。そういえば話は変わるんですけど・・・」


 女同士の話は尽きない。こうして夜はどんどん更けていった。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


 酒の肴のメインディッシュとなっていたシャルロットはそのころ、自室で物に当たり散らしていた。


「いーーー!!!何なのよあの女ーーー!!!使用人のくせにーーーー!!」


 作戦が失敗した悔しさで机にあるペンや本を壁に投げつけては叫んでいる。使用人たちはこの時の彼女に話しかけてはいけないことをよくよく知っているので、心配して見にくるということは誰もしない。


「こうなったら身の程を分からせてやらないと・・・」


 悪い顔をしてニヤリと笑うと、高笑いをしながら自室を出て行った。使用人たちは嫌な予感しかしていなかった。



 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


 図書館勤務の日、この日図書館に来たのはケネスだった。


「先日はありがとうございました。あの後大丈夫でしたか?」

「まあなんとか。よくあることだから気にしなくていいよ」


「よく事務所にも?」

「それはもう頻回に」


 ケネスはため息をついた。気づかれないように返してくれたのはそういった経験値だった。


「心中お察しいたします」

「ありがとう。彼女には気をつけて。多分もう目をつけられてるけど」

「ひえ・・・。なるべく皆さんに頼らないようにしますね」

「それも一つの手だけど、ゲイリー卿が地雷だから僕らには頼って大丈夫だよ」

「たしかに・・・。そういえばかなり偉そうな感じでしたけど、キャンベル卿って結構偉い人なんですか?」


 虎の威を借りて偉そうにする金持ちの子どもはどこにでもいるが、それは親が相手よりも立場が上でないといけない。男爵ということは、楓と爵位は一緒だ。なぜ彼女があんな風に振る舞えるのか。長く続く貴族の家系かあるいは何かの権威なのか。

 いずれにしても理不尽な悪意にされるがままでいるつもりはないので、自衛のために情報は集めておかないといけないと考えていた。


「そんなことはないかな。あの娘の父親だよ?キャンベル卿の父親が指紋法を発見して犯罪検挙に貢献した功績で男爵の爵位を与えられた新生貴族だし、世襲で継いだキャンベル卿は仕事出来ないらしいから、もしかしたら君の方が給金もらってるかも」

「ええ・・・」

「彼女があんなに振る舞いができるのは発見特許で金持ちなおじいちゃんが孫大好きで甘やかされたからって感じかな。もう亡くなったけどね。まあ、君はそのうち子爵を賜るだろうから彼女の家より立場が上になるかもしれないし、脅威に感じる必要はないと思うけどね」

「ええ!いやいやいやいや、そんな訳ないでしょう」


 そんな話初耳なんですけど!


「いや、ほんと。今回の図書館改革は王様もすごく喜んでて、利用する職員の中でも図書館が使いやすくなってきてるって話題だから、それを加味したらそんなにおかしくない話だよ」

「いや〜、まさか〜。そういえばこれなんですけど・・・」


 まさか図書館改造しただけで陞爵するわけがないので適当に話を逸らしながら、キャンベル卿についての情報をどうやって得ようかと考えを巡らせていた。

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