第37話 新しいドレス
数日後、ロゼッタに呼ばれ作業室に顔を出すと、例のイブニングドレスが着せられたマネキンが3体あった。
1体は楓がお願いしていた紺のもの、もう2体は薄ピンクと深緑で出来ていた。
「どう?デザイン通りの出来になったんじゃないかと思うんだけど」
たしかに、楓がイメージしていた通りのドレスに出来上がっていた。レースのおかげでシックでありながら優雅な雰囲気を持っている。
「とってもいいです。想像通り」
「そうかいそうかい。じゃあ、一回着てご覧。細かいサイズ直しをしないとね」
マネキンからドレスを脱がせて楓に渡すと、試着スペースで着替えさせ、肩幅や胴回りなどをチェックしていく。
「こっちの薄ピンクと深緑のは販売用ですか?」
「そうさ。若い子向けと、楓と同年代かちょっと上くらいの年代向けにそれぞれ展示するのよ。深緑はこれ用に用意してたってのもあるし。そのほかは色注文を受けるって感じかしらね」
たしかに、薄ピンクは可愛らしい雰囲気になっていたが、深緑は楓と同じくらいか楓よりもお姉さんに受けそうな、エレガントな雰囲気を醸し出していた。
「交流会の後には舞踏会が立て込むから、毎回同じドレスを着たくないご婦人も多くてね。ちょっと変わったデザインは新しい物好きの貴族の奥様にも受けるでしょ」
自然と腕を組んだまま右手を二の腕に叩きつけ電卓を打つ仕草になるのは、この先の利益を無意識の内に計算しているのだろう。恐るべし商売人。
「だからこの時期からすごく忙しくなるんですね」
「そういうこと」
毎年この時期に向けて新作を出すのだが、ロゼッタやデヴォラのうまい売り込みもあってピーク時には作業が追いつかないほど注文が入る。最終的には事務職の楓とマリアンも手伝いに駆り出され、泊まり込みになるくらいまで忙しくなる。体力的にはきついが、適度に休憩も挟めるようお互い気遣いあって作業しているし、働いた分はきっちり給料でカバーしてくれる。とは言ってもその事務処理は楓とマリアンだけれども。
「今年も忙しくなるよ」
「・・・がんばります」
ニカっと笑うロゼッタに、今年も忙しさは不可避だと悟る。
ともかく、この先の忙しさはともかくこれで交流会のドレスは間に合った。
採寸が終わりドレスをマネキンへと戻すと、ロゼッタが採寸したメモを針でマネキンの布地の部分に刺した。
「あんたショール以外は用意したのかい?」
「アクセサリーはいつもお世話になってる”メレ“にお願いしました」
メレは楓がアクセサリーを購入するときに利用するお店で、カジュアルなものからシックなものまで揃っていて、制作依頼も受けてくれる。以前ここで指輪を作ってもらって以来アクセサリーはここで買うと決めていた。
「またなんか難題出したのかい?」
指輪を作ってもらう時に細いディテールの物をと技術的に難しい注文したことを、店の職人から聞いていたロゼッタはからかうように言う。
「実は・・・」
今回ピアスを新調しようと思って店頭の商品を見ていたが、このドレスに合う物をと探していてもどうも欲しいイメージと一致しなかった。そのため、今回もオーダーメイドとなってしまった。それがまた、金属を細く長く成形しなければならず、デザインを伝えた時はまたかと言う顔をされた。
「あんた・・・」
「いい加減迷惑ですよね・・・」
言われる前に自分で言ってしまおうと先手を打つと、ロゼッタの反応は全く違うものだった。
「やるねえ!」
「え??」
楓の両手を握りギュッと握るロゼッタに驚くしかなかった。
「あそこの職人、あんたの指輪のオーダーを受けて新境地が開けたって喜んでたんだよ」
実は受付でまたかと言う顔をしていたのは職人ではなかった。受付の子は前回苦労して作った職人を見ていたのでまた無茶を言う客が来たと思っていたが、職人は全く違う反応をしていたらしい。
そもそも、今まで指輪は0.5ミリ幅の太めのリングを彫ったり装飾を施す形のに対して、楓のオーダーは細いリングというだけでも新しいのに、それを重ね付けするという新たな指輪の付け方にメレの職人はとても驚いた。
「カエデがまたオーダーしてくれないかと零していたから、きっと迷惑どころか喜んでるさ」
「そうならいんですけど・・・」
そう言われてオーダーした時を思い出すと、たしかに言われてみれば、前回と同じ職人がデザインをしてくれたが、嫌な顔をしていなかった。仕事だから抑えてくれているのかと思っていたが、嫌がられてはいなかったどころか喜んでいたとは想像もしていなかった。
そんなことを考えていると、今話したピアスのデザインをもとにまた新しい服のデザインを描き始めてしまったロゼッタに気づく。こうなるともう話しかけても聞こえない。手近な紙に退勤する旨を書き置きして事務所をでた。
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