第38話 交流会 1

 交流会当日、ロゼッタに作ってもらったドレスに身を包み、メレのアクセサリーで着飾った楓。会場に入ると給仕から飲み物を受け取ると口をつけながら、人と人の間から見えたシャルロットの姿を確認した。


「(こっちから確認できるってことは向こうも確認してるよね)」


 シャルロット嬢の位置を確認しつつ、1本目のグラスを空ける。開いたグラスを近くを通った給仕に渡し、新しいグラスを受け取った。

 そこに今日の主催者であるガブリエル・セントパンクラス王と妻フローレンス妃が入場した。談笑していた声は消え、食事をしていたものも食器をテーブルに置いた。上座に向かって男性は右手を左胸に当てて首を垂れ、女性は両手をお腹の前で重ね合わせ男性と同じく首を垂れて迎える。


「皆、楽に」


 上座に置かれた椅子の前に立ったガブリエル王の一言で全員が頭を上げる。


「皆、よく集まってくれた。このセントパンクラス国は領地を治める貴族が各地方の自治を司り、官職につく者たちが法令に基づき政を執行している。どちらもこの国を支える存在だ。しかし、そこに協力体制がないことを非常に惜しく感じている。私はさらにこの国を支えていってもらうべく皆が協力し、国民のため心を配っていってほしいと思っている。今日は、皆顔を広げ今後に活かす会としてもらいたい」


 挨拶を終えてガブリエル王の音頭で乾杯が行われると、そこからはオーケストラの演奏がはじまり、自由に歓談する時間になる。

 楓は普段お世話になっている関係各所に挨拶を済ませた。一回りしたころには愛想笑いし続けた頬はすっかり硬直していた。酷使した頬をさりげなくほぐしながら会場をぐるりと見回していると、視界の隅にシャルロット嬢が通りかかったのが見える。さほど遠くない場所で楓を気にしているのか、何度かチラ見しているのがわかった。


「(チャンスを窺ってるのかも・・・)」


 シャルロット嬢の死角にいるケネスに目配せすると、グラスを近くのテーブルに置き廊下に出た。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


「(あの女がグラスを置いて出て行くわ!)」


 楓が会場を出るのを確認し、シャルロットは紙に包まれた薬を手持ちバックから取り出した。それを手のひらに隠し持つと楓が置いていったグラスに近づく。

 隣に立つ人はシャルロットに背を向けて話に夢中になっている。周りを見渡してもシャルロットを見ている人間はいない。それを確認すると、グラスに薬を素早く入れ軽く揺らして薬を溶かすと、足早にその場を立ち去る。

 廊下に出て誰にも呼び止められなかったことに安堵したシャルロットは、薬の入っていた袋を廊下の隅に捨てた。


「何をしているんですか」

「ひっ!」


 突然声をかけられて飛び上がる。振り返るとそこには文書管理担当のケネスがいた。とはいえ、このタイミングで話しかけられたとしても見られていたとは限らない。平静を装って用件を聞こうとして固まった。明かりに照らされて見えたケネスの表情は凍えきっていた。


「ど、どうされたのです?そんな怖い顔なさって・・・」

「さっきグラスに入れた粉はなんですか」


 見られていた!?

 一気に血の気が引いた。手先足先が冷え切るのを感じながらも、それでもまだ言い逃れできないかと甘い期待を持っていた。


「粉?なんですの?私にはなんのことか全く・・・」


 シラを切って立ち去ろうとすると、歩き出した先にはレオンが立ち塞がっていてもう退路はなかった。


「一体何をしたのか、正直に話すほかないと思うが」


 通りかかった数人は何か起こっているのかとシャルロットたちの話しに聞き耳を立てていた。分かりやすく様子を伺う者もいて、その中には新聞記者もいた。

 シャルロットはこれ以上好奇の目に晒されたくないと、レオンが促すのに従い廊下を後にした。ケネスはシャルロットの落とした紙を拾い、交流会の会場へ戻っていく。しばらく城内を歩かされ、連れて来られたのは取調室だった。


「入りなさい」


 取調室を前に本当にバレてしまったのだと実感が出てきたのか、体の震えが止まらなくなり、背を押す力に抵抗する余裕はもうなくなっていた。

 失意の中にいるシャルロットにさらなる絶望が待っている。

 シャルロットたちの後から数人部屋に入ってきたことに気づきゆるりと振り返ると、そこに立っていたのは呆然としているシャルロットの父マーク・キャンベルだった。


「お、お父様!」

「シャルロット、これは一体・・・!」

「わ、私もどういうことなのか・・・」


 自体が把握できていないキャンベル卿は娘から事情を聞こうとしても、ここに来て後ろ暗く感じて正直に言いたくないシャルロットはとにかく話を誤魔化そうと曖昧に答え心当たりがないように装ってしまう。それを許さなかったのがレオンだった。

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