第36話 ドレスコード
「はいこれ、目を通しておいてね」
「えっと、ああ、王様主催の交流会ですか」
楓の手にはケネスから渡された王族からの通達書類があった。毎年王族と職員の交流を図る目的で行われる交流会についての詳細が記載されている。
「そう。そういえば、イブニングドレスとか持ってる?」
「え・・・。持ってないです」
「やっぱり?」
今まで貴族としての付き合いがない楓は、そういったドレスコードが必要な場に行ったことがなかった。
「そういえば職員の立場で女性が参加するのは初めてかぁ・・・」
「男性はみんな燕尾服ですよね・・・」
今まで女性で職員になった人はいなかったために、参考にできる人がいない。ケネスもそこまでは考えておらず困ってしまっていた。楓もどうしようかと考えているところで身近に服のプロがいることを思い出す。
「とりあえず、ロゼッタさんに相談してみます」
「それがいいね。アーキュエイトに任せておけばまず間違いはない」
「でも、新調する人とかいたら忙しいだろうな・・・」
楓はなんかいい差し入れと一緒にお願いしようと、最近話題のお店をあれこれ思い出していた。
⌘⌘⌘⌘⌘⌘
閉店後のアーキュエイト。楓は交流会のドレスをお願いするため、ロゼッタを探していた。散々迷って結局安定のアシェ・アッシュで購入した新作スイーツを片手に店の中をぶらついていると、ロゼッタは生地の仕入れをしていた。生地を持ち込んでいたのは楓が前にお世話になったジョンとレベッカだ。月一で生地を持ってきてくれるのであの後も交流は続いていた。
仕事が終わり少し楓と話すといつもすぐに帰っていく。王都に着くのに時間がかかるため、着くのは日が暮れるころ。宿を急いで探さないとすぐに無くなってしまうからだ。
ジョンとレベッカを見送ると、楓は本題を切り出した。すると、ロゼッタは1度店の奥に入りしばらくして戻ってくる。
「好きそうな生地はもう用意してあるんだ」
ロゼッタに相談した楓の目の前に、紺と深緑の生地が差し出される。紺と深緑は楓がよく好んで着る色だった。
「今年はあんたも参加しないといけないだろうから、先に押さえておいたよ」
想像していた通り、新調したいお客からの注文は既に入りはじめていた。
この国のイブニングドレスはだいたいサテン生地なので、注文が集中するようになると生地待ちになってしまう。その前にと取り置きをしてくれていたようだ。
「ありがとうございます」
まさしくお願いしたかった色だけに、楓からは笑みが溢れる。
「それに、新しいデザインの素になるかもしれないからね」
「さすが、いかなるときも商売を忘れませんね」
彼女の仕事に対する情熱は楓にとって見習いたいところの一つだ。そんなロゼッタだからこそ少しでも報いたい気持ちがいつも湧き出てくるのだから不思議だ。
「とは言いつつも、斬新なアイディアがあるわけでもないんですよね。ただ、私の体型的にはIラインの方がいいかなと思っているのですが」
「Iライン?なんだいそれ」
ここにはローマ字がないことをすっかり忘れてしまっていた。かわりにこの国の文字で近い文字を出して説明すると、いずれにしてもこの国ではまだ作られたことのないドレスだったらしくロゼッタは夢中になってデザインを描き始めた。こうなってはもう声をかけても届かない。
仕方がないので、次の出勤日にやろうとやり残していた仕事に手をつける。20分たった頃、ロゼッタの手が止まった。
「どうですか」
「うーん、すごい作りやすいドレスに出来上がりそうなんだけど、交流会に来ていくにはちょっとシンプルすぎね」
ロゼッタのデザイン画には胸元にブローチをつけたタートルネックでノースリーブのIラインドレスが描かれていた。くるぶし辺りまでくるスカートの裾に膝のしたあたりまでスリットが入り、肩にはドレスと同じ色のショールがかけられていた。このままでも好きではあったが、紺か深緑で作るとたしかにロゼッタが言うように地味すぎる。一体どうしたら地味さがなくなるのか、楓はかつて調べたお呼ばれコーデの数々を思い出していた。
「部分でレースを入れるのはどうでしょうか」
「レースを入れる?」
「ええ、タートルネックのところから鎖骨までをレース生地、それ以外を普通の生地にするんです。それで地味さは少し払拭されるじゃないかと思うんですが・・・」
ロゼッタは書いていたデザインの首から下を一旦消し、楓が言うように書き直していく。タートルネックの部分から鎖骨までがレースの生地になると、楓のいう通りさっきまでの地味な印象が刷新された。
「いいじゃない。これいいじゃない!」
「私も気に入りました」
「じゃあこれで作るよ。紺と深緑どっちがいい??」
「紺がいいです」
あいよ〜と返事をしながらデザイン画の隅に紺と書き足している。
「仮縫いしたら試着してサイズ調整してだから今週中にはでき上がるよ」
「いやいや、私は全然遅くていいですよ」
従業員だからといって、いや、従業員だからこそ業務を圧迫するのは本意ではない。
「何言ってるんだい。カエデシリーズとして今回新調するお客に売り出すんだよ?すぐに取り掛かって出さないと間に合わないじゃないか」
「あ、そうでしたね」
忙しさを心配していた楓に反して、ロゼッタは最後まで商売のことを考えていたようだ。根っからの商売人に、忙しさの心配は無用だったと一気に力が抜けた。
「楽しみにしてます」
「任せな」
ロゼッタは胸元を手のひらでドンっと叩き笑った。
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