第33話 防災業者インジュリー
ケネスは命令を受けて以来、1ヶ月に及びジャックという名の庶民として防災業者インジュリーに潜入している。事前調査によると、決して小さい店ではないが、それにしてはここ最近金回りがいいと噂されていた。恐らくキャンベル卿と結託して不正に得た金だろう。ケネスはその不正な金の流れを示す証拠を得られるチャンスをずっと窺っていた。
「ジャック!俺は取引先に顔出してくるからその間に社長室の掃除しておけ!」
「分かりました」
まだ店頭に立てないケネスは裏で雑用を言いつけられることが多かった。
これはチャンスか罠か。どちらかはわからないが、指示通りケネスは社長の外出後に掃除道具を持って社長室へ入った。
「さてと」
社長室に入るのは面接の時を含めて2回目だ。とはいえ面接の時はあまり室内をじっくり見ることは出来なかった。改めて部屋全体を慎重に観察していると、一か所不自然な場所を見つける。壁紙の模様に違和感を感じ手袋ごしに触ると引っ掛かりを感じ、さらに触っていると壁の一部がポロンと取れた。
「何か入ってる」
手を奥に突っ込むと何かに触れ、カサッと鳴る。取り出すと折り畳まれた紙が出てきた。開いてみるとそれは手紙で、それもキャンベル卿からここの社長に送られた、2人が交わした密約について触れたものだった。手紙の最後には確認したらすぐに処分するようにと指示されていた。それなのにもかかわらず社長は処分せずにいたということは、自分だけが切り捨てられることは避けたかったのだろう。仮に捕まって知らぬ存ぜぬと言われても証拠があれば逃れようがない。
引き出しから手紙と同じくらいの大きさの紙を取り折りたたんで壁の穴に入れると、手紙はポケットにしまって元の状態に戻す。手紙にあるサインと公文書にあるサインを照合すれば、キャンベル卿と社長との癒着を証明することが出来る。
「そろそろ帰ってきそうだな」
ざっと掃除を済ませて、何事も無かったように社長室を出て社長の帰社を確認するが幸いまだ社長は戻ってきていなかった。今のうちに帳簿も確認しコピーしておく。事業者は年に一度収支報告を国にする義務があるが、毎月の細かい帳簿までは報告する義務がない。不正を追及するためには必要な資料だった。あとは裏帳簿を見つけ、照らし合わせるだけだ。
とはいえ、一度に動けば怪しまれる。この日は裏帳簿を探すことを諦め業務に戻った。
⌘⌘⌘⌘⌘⌘
ケネスが手紙を見つけてから10日後。
「今日は一日書類整理をするから、贔屓の取引先以外の取次はしないでくれ」
「了解しました」
近くを通った職員に声をかけると防災業者社長トニーは社長室へ戻る。社長は月に一度書類を整理する日を作っていた。公金を横領するようになってから出来た習慣だ。
手始めに壁に隠してある手紙を確認しようと細工された壁を開け閉まってある紙を取り出した。
「誰にもバレていないな」
そうホッとするも紙の触り心地に若干の違和感を感じて、手紙を開く。
「・・・なに!なにも書いていない!?」
そう手紙は白紙だったのだ。違和感を感じるのも無理はない本物の手紙は数ヶ月前にもらって以来、毎月確認していたために少しへたっていた。それに比べ今トニーの手にある紙は新しくパリッとしている。
しかし問題はそこではない。誰がこの壁の隠し場所を探り当て手紙を入手したということは、今行っている不正がバレたということだ。
「いやしかし、裏帳簿さえ・・・。裏帳簿!!」
トニーは慌てて本棚へ駆け寄り、一冊の薄い本を取り出す。背表紙には経済学と書かれているがその内容は不正を裏付ける裏帳簿だった。
「あ、ある・・・」
中身を隅から隅まで刮目し本物の裏帳簿であることを確かめると、机に乱雑に裏帳簿を投げ、椅子に身を投げる。
いずれにしても手紙がなくダミーが入っているということは、何者かが不正について調べているということだ。あるいは、
「キャンベル卿が私を切ろうとしている・・・?」
トニーは慌てて身支度をすると、社長室を飛び出した。
⌘⌘⌘⌘⌘⌘
1日書類作成をすると言って社長室で籠もっていた社長が午後に慌てた様子で外出していった。最初に掃除に入って以来掃除が丁寧だと気に入られ、社長が出かけた後には必ず掃除に入るように言われていたケネスはいつも通り部屋に入る。すると、書類で散らかった机の上にあったのはケネスが壁に入れたダミーの紙だった。手紙が入っていた壁は開けたままになっている。
恐らく社長の不安は解消されずに帰ってくることは想像に難くなかった。キャンベル卿は手紙を処分するよう指示していたのだから、恐らく取り付く島もなく突っ返されるだろう。
「ん?」
ふと机に置かれ開いたままになっている本に既視感を感じて手に取る。よく見ると、以前にも見たことがあった帳簿だった。しかし、記憶にある帳簿と照らし合わせてみると、数字が違うところがあることがわかる。今持っているものの方が桁が多いのだ。
「これは、裏帳簿・・・」
手紙がなくなったことに焦った社長が、帳簿もなくなってるんじゃないかと確認したものの何者かによって不正が気づかれたかもしれない不安から片付けも出来ないほど慌てて出て行ったというところだろう。ケネスに毎回掃除に入るよう頼んでいたことも忘れて。
「さ、コピーコピーと」
事務所のコピー機で元々入手していた表帳簿と同じ箇所をコピーすると、裏帳簿を元あった場所へ戻し社長室を出た。
⌘⌘⌘⌘⌘⌘
キャンベル卿の屋敷で止まった馬車を飛び降りるように下車し、屋敷の中へ駆け込んだ。屋敷の奥から出てきた家令に名前を尋ねられ答えると、露骨に怪訝な顔をされた。家令はインジュリーの社長が来ても取りつがないようにと言われていた
「用件をお伺いします」
「キャンベル卿へ取り次ぎしてもらいたい」
「申し訳ございませんが、旦那様は今ご不在でございます」
不在というのは嘘だったが、それとなく追い返す方便だった。しかしそれを聞いて社長は焦った。早急に対策を聞いておかなければ、自分は破滅してしまうかもしれない。このまま帰るわけにはいかなかった。
「ではここで待たせてくれ!急ぎの用件なんだ!」
そう言うと、社長は座り込んでしまった。このまま居座られてしまっては困ると、家令は少々お待ちくださいませと言い残してキャンベル卿の元へ確認しにいった。
しばらくして家令が戻ってきて、その後ろにはキャンベル卿の姿もあった。
「いや、すまないね。執務に集中するために誰も取りつがないよう言っていたんだ」
「いえ、突然訪問致しまして申し訳ありませんでした。至急お話ししたいことがありまして・・・」
「ふむ、ではあの部屋で話そうか」
キャンベル卿の指した部屋に入ると早速本題に入る。
「実は、例の件に関わる書類を隠していた場所が、誰ものかによって見つけられた形跡がありまして、中にはキャンベル卿の存在も分かってしまいそうな書類も入っていたのです」
「何だと!私にも繋がる??まさか、手紙を残していたのではあるまいな」
「い、いえ!調べが及べばということでございます」
手紙があるということになれば、不正がバレるより先にキャンベル卿に消されてしまう。
「そうか。しかし、気をつけなければなるまいな。しばらく取引は中止としよう」
「承知しました」
疑いもせず納得した様子のキャンベル卿に、社長はそっと胸を撫で下ろす。
「今まで通り連絡は最低限に。今日ここに来たことも他のものに知られないようにしておくのだ」
「はい!そのようにいたします。突然の訪問にも関わらずありがとうございました」
玄関で別れ再び馬車に乗り込むと社長は遠回りをして帰った。
「足がつく前に手を打たなければ、な」
部屋から社長の馬車を見ていたキャンベル卿は家令を呼ぶ。
「お呼びでしょうか」
「頼みたいことがあってな」
「なんでございましょう」
「金目の物を少しずつ処分しろ」
「・・・畏まりました」
家令は一礼すると仕事に取り掛かった。
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