第34話 内偵調査


 とある酒場でレオンは人を待っていた。つまみを食べながら待っていると現れたのはモートン卿だった。いつもは口振りに似合わずきちんとした服装をしているが、今日は場所に合わせ砕けた服装で現れた。仕事の時はワックスでまとめられている、耳にかかるほどの髪も崩されていた。


「なんだ、こんなところに呼び出して。他のやつだったら絶対来ないぞ」

「モートン卿はお好きかと思いましたので」

「・・・。よく調べたな」


 モートン卿は公爵家の子息であるが、貴族らしくない言動をすることが多く家からもよく注意を受ける人物だった。そのため跡取りには弟があてがわれたのだが、本人は意に介しておらずむしろ弟の手助けをしている。特に庶民の内情について詳しくよく助言していることは近しい人間なら知っていることだった。この酒場によく顔を出すことも。


「早速本題に入らせてください。キャンベル男爵、数年前に財務担当にいましたよね」

「ああ、あの馬鹿野郎な」


 通りかかったウエイターを手で呼び止め酒とつまみを頼むと、モートン卿はその手で頬杖をつく。


「またなんかやらかしてんのか」

「ということは財務担当でも?一体何があったんですか」

「文書管理担当だったら記録見られるんじゃねえのか?」


 ウエイターが運んできた酒とつまみを受け取ると、肉にスパイスで味付けがされたシンプルなつまみを口に運ぶ。


「あまり詳しくなかったもので」

「まあ、内々で処理したからな。キャンベル卿が移動してきた年の予算審査で変な予算計上があった。普段大きな変更がなく安定して予算がついている部署が桁二つ違う予算要求してきたのを不審に感じて調べたら、キャンベル卿が当該部署から予算要求を受け取ったあとにそれを改竄して計上していた。バレなきゃそのまま着服しようとしたんだ」


 レオンは予想していた様子であまり驚かなかった。今日に至るまでに他の部署にも調査をかけていたが、似たような結果が出てきていたからだった。


「その時は未遂だったが、そのまあ財務にいさせるわけにはいかねえから異動になったってわけだ」

「それが異動の経緯だったわけですね」

「どうせ、他の部署でも同じようなことやってんだろ?」


 もう他の部署にも聞き込みをしていることは、モートン卿にも察しがついていたようだ。


「ええ、似たような不正を毎年手を変え品を変えやってました。毎回爪が甘くて見つかっていますね」

「へー。そういや、つい2、3日前からあいつのところ貴金属やら値のするものを少しづつ処分してるらしいぞ」

「なるほど・・・。有益な情報ありがとうございます」

「礼には及ばない。おまえが聞き込みに歩いてるってことは、王命か?」


 王命を受ける諜報機関があるということは職員間でも知るものが限られる。そうでないと面が割れてしまって調査どころではなくなってしまうからだ。例外として、モートン家のように歴史が長く王家の事情に詳しい者は知っていることもある。彼も父から聞いたことがあるのだろう。かといって、今の調査活動がそうであると言うわけにはいかない。ニヤリと笑うモートン卿にレオンはすました顔で酒を呑む。


「さあ」

「まあ、いいさ。これで尻尾は掴めるだろうな」


 レオンはニヤリと笑うと席を立った。


「ご協力ありがとうございました」

「おう、お疲れ」


 モートン卿は先に席を立つレオンを咎めるでもなく、空いたグラスを手にウエイターを呼んだ。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘

 調査の報告期日を迎え、文書管理担当は事務所横の会議室に籠もっていた。この部屋は他の部屋とは違い防音処理が施されていて、王命が下った時の報告は必ず行われる決まりだ。


「それではケネスから報告を頼む」

「防災業者インジュリーに職員として潜入しました。慎重さのかけらもなく罠かと思うほどでしたが、キャンベル卿の署名が入った手紙と裏帳簿を発見しました。完全に黒です」


 ケネスが出した2枚の紙は不正の証拠となる帳簿の写しと業者とやりとりをしていた署名入りの手紙だった。


「こんなものよく残しておくな」

「今までバレなかったので相当高を括ってるみたいですが、何者かが調べていることには気付いているはずです」

「たしかに、キャンベル男爵家が今金になるものを少しずつ処分しているらしい。逃げられないうちにまとめて摘発できるようにしよう。次、ハリー」


 ケネスは封筒に紙をしまうと、今度はハリーが報告を始める。


「キャンベル男爵家の出入り業者のうち最近出入りしていた薬商人をあたりました。キャンベル卿について新たな情報を得ることはできませんでしたが、キャンベル卿の娘シャルロットがその薬商人に麻痺薬を要求したことがわかりました」

「麻痺薬?」


 シャルロット嬢の名前が出てきた時点で眉間のシワがよるほど不快感を示していたレオンだったが、麻痺薬と聞いて驚いた様子に変わった。


「今度の交流会の時に飲み物に混入させるつもりのようです。王主催の催しで倒れれば不敬とされるだろうと」

「ベイリー卿に近づけなくなるだろうということか」

「元々近づいてもないんだけどね。仕事なだけだし」


 ため息混じりにいうハリーと同様、レオンもケネスも苦笑いだった。


「薬はシャルロット嬢の手に渡っているのか」

「いいえ。薬商人が気を利かせて胃薬を渡したそうです。胃薬なら酔いが回りやすくなるだけだそうです」

「そうか。交流会ならキャンベル卿も出席するはずだな・・・。

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