第32話 商人ノルベルト

 ノルベルトは仕入れた情報を交換するため、商人仲間を馴染みの店で待っていた。商人にとって情報というのは品物と同じくらい重要視する。国の情勢によって品物の値が変わり、商売にも影響する。そのため、情報を交換する仲間を数人持っているというのが一般的だった。

 いつも特別連絡をしているわけではないが、何もなくてもこの店に定期的に顔を出すことにはなっていて今日はその日だった。酒をちびちび飲みながら待っていると、1人の男に声をかけられた。


「横、よろしいですか」

「あ、ああ。どうぞ」


 一瞬商人仲間かと思ったが、そうではなかった。グレーの髪をした細身の男で一般的な庶民の服装をしているが、服装とは相対して恭しい雰囲気を醸し出す不思議な人物だった。お忍びで貴族様が飲みに来ることはこの国では珍しいことではない。この男もそうなら関わらない方が得策だ、と早々に下手な詮索はやめ、酒を一口煽った。


「こちらよく来るんですか」

「いやあ、たまにですかね」


 ノルベルトの心境とは裏腹に、男は話し相手を探していたのか話しかけてくる。今日はもう情報交換は難しいだろうと諦め、気持ちを切り替えてその男性の相手をすることにした。


「お一人で?それとも、連れ合いをお待ちですか」

「ええ、まあ。そちらは?」

「私は人を探してました」

「見つかったんですか、探し人は」


 男が過去形で話したことに疑問を抱いてつい口に出してしまう。


「ええ、見つけましたよ。ノルベルトさん」


 喉がヒュッとなった。男とは初対面のはずなのに、なぜ名前を知っているのか。商売敵か、それとも?と頭の中をいろんな考えがグルグルと巡るが、ひとまず面識があったのか確認する選択肢に縋った。


「どこかでお会いしたことありましたか」


 男の様子を伺うと、口元には笑みを浮かべていた。その笑みは一体どういう意味を持っているのか、ノルベルトには全くわからなかった。


「場所、変えませんか」


 たしかにどんな話になるか分からないのにこのまま話すわけにはいかない。


「分かりました」


 店の主人に声をかけて奥の部屋を借りた。万が一何かあったときのため主人にアイコンタクトしておく。こうしておけば、定期的に従業員が奥の部屋の様子を見に来ることになっている。


「さて、一体あなたは何者なんですか」


 話を切り出すと男は申し訳ない顔をして頭を下げてきた。


「すみません、警戒させてしまいましたね。決してあなたの商売敵や害なす者ではありません」

「ではなんだっていうんですか」

「申し訳ないが私の素性については言えません。ただ、現在キャンベル男爵家について調査しています。その過程であの家に出入りしている商人があなただということで、あなたについても調べさせていただきました」


 もう終わりだとは思っていたが、あの男爵は一体何に目をつけられているというのか。しかも後ろ黒さがないとはいえ、自分まで調べられているなんてとんだトバッチリだった。


「なるほど。それで、調べた結果はどうでしたか」

「毒物も扱う薬商人ですが、目立って怪しい噂は聞きませんでした。脱税をしている様子もない。言うなら善良商人と言ってもいいくらいでしたね」


 男の評価にひとまずホッとする。


「私に一体何をお望みで?」

「キャンベル男爵家に出入りする中で、不審な動きはありませんでしたか。例えば不正を行い私腹を肥やしていたり、人を貶めようとしていたり」


 標的がキャンベル男爵だけなら、情報を掴ませたほうがことなきを得そうだ。ただ、

 知ってはいるが、全て自分で掴んだ情報ではない。


「噂は多少聞いておりますが、残念ながら私が直接知っているわけではありません」

「なるほど。では、キャンベル卿の娘はどうでしょう」

「娘、シャルロット嬢ですか・・・」


 娘も目をつけられているのか。あの件を話すべきか少し迷うが、どうせ終わる家だと見切りをつけ口火を切る。


「実は先日キャンベル男爵家に伺いました。シャルロット嬢に呼ばれてです」


 男は酒を一口飲むと続きを促した。


「数ヶ月後の王様主催の交流会である女を懲らしめたいと、麻痺薬を用意するよう言ってきました」

「渡したのか」


 男の険しい目線がノルベルトに突き刺さった。慌てて補足を付け加える。


「ええ、胃薬を」

「胃薬?」

「胃薬は普通に飲めば胃の調子を直しますが、酒と一緒に飲めばアルコールの分解を妨げ酔いが回りやすくなるのです。そのくらいなら、周りにバレずに会場を離れて休むことができます」


 そこまで説明してやっと男の目から険しさが消えた。


「なるほど。それで麻痺薬ではなく胃薬を渡したわけですね。それで、懲らしめたい女の名前は言っていましたか」

「ええ、カエデとかいう庶民だと言っていました。城内図書館で働いてるんだとか言ってましたが、珍しい名前なのでよく覚えています」


 男の目に再び険しさが戻る。知り合いの名前だったのか?と考えていると男は突然席を立った。


「情報提供、感謝します」


 男は用が済んだのかあるいは急ぎの用事を思い出したのか、早々と立ち去った。結局男の正体は分からずじまい。カウンターへ戻り店の主人に話は終わった旨を伝えると、先に出た男が自分の分の会計まで済ませて帰ったことを知る。ますます訳の分からない男だった。

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