第31話 修理講習会
約束通りリックに修理を教えることになり、楓は道具を用意して待っていた。というのも、リックたっての希望で城内図書館で行うことになったのだ。前回兼業しながら中央図書館の監修をしていることを知り、なるべく負担にならないようにと考えたからだった。
城内図書館を訪ねてきたリックをカウンター内の作業台に座らせて、楓もその横に座る。
「今日は糸綴じの修理の仕方を教えていきますね」
「よろしくお願いします」
「最初に使う道具を説明します。まず、糸綴じというくらいなので、糸と針。それから、製本のり、見開きと同じ色の画用紙、寒冷紗、剥離紙、ナイフ、本を挟んで固定する器具です」
一つひとつ指で指しながら説明していく。
「本を挟んで固定する器具は木につけられたボルトを締めることで固定するんですが、もし用意できなくても重い本を上に乗せることで代用することができます」
「なるほど。あ、あの、質問してもいいですか?」
「もちろんです」
「糸は普通の裁縫で使う糸ではいけないですか?」
楓自身以前感じた疑問だっただけに思わずああ、と声が出る。
「私もそれを考えたんですが、修理時の糸の強度を考えると今使っているタコ糸や太めの糸が適しているかなと思います」
「わかりました。ありがとうございます」
質問をするリックに、楓はペンフィールド卿から聞いていた印象とは異なるものを感じていた。
リックは引っ込み思案のようでとても好奇心が強い。職場では周りにいる人に気を使い自分の意見を言えないが、2人で作業しているということもあり、加えて修理においては得意分野だからか食つくように楓の説明を聞いている。
道具の説明が終わり、今度は引き出しから2枚の紙を取り出し、1枚をリックに渡した。
「それでは、修理に入りますね。器具と手順を紙に起こしておいたので、それを見ながらやっていきましょう。手順1、ナイフを使って表紙から本文を切り取ります」
「はい」
リックの前にも同じように本を用意し、手順を書いた紙を見せながら実際にやって見せる。
「“のど”からそれぞれ2センチおいたところに切り込みを入れて、剥がすようにして本文と表紙を切り離してください」
のどとは、本の表紙を開いたところにある、谷折りの谷の部分とも言えるだろうか。
「手順2、余計な糸などを取り除いて、破れがあれば補修します」
「手順3、画用紙を縦が本文の高さ、横4センチの幅に切りとったものを2枚、この画用紙の横幅と同じ幅、本文と同じ高さの寒冷紗を1枚用意します」
「手順4、本文の1番外側のページに先ほど切った画用紙を半分飛び出るように貼り付けます」
リックは楓が見本で先にやって見せるのに習い続けて作業をする。最初はおっかなびっくりだったが、普段修理をやっている分すぐに慣れていった。
「手順5、本分の背表紙側に切り込みか穴をあけ、糸を通すガイドを作り、本分を紙にある図のように縫い、
「手順6、縫い終わったらきちんと折丁同士が繋がっていることを確認し、背表紙側の部分に製本のりで寒冷紗を表裏に気をつけて貼り付けます」
「手順7、本文の幅が広がってしまわないように本を固定する器具で挟んでのりがある程度乾いて動かなくなるまで待ちます。1〜2時間はかかるので、ここで一旦休憩を挟みましょう」
「はい」
この後の修理に使わないものを片付けると、少し席を外しお茶の用意をする。作業台に戻ると、リックは伸びをして体をほぐしていた。修理をしているとどうしても前屈みの状態が続くので、肩や背中がガチガチになる。はじめて糸綴じの修理をしたのだから余計そうだろう。
「お茶を入れたので、一緒にいかがですか」
「い、いいんですか?」
「もちろん。お茶請けにアシェ・アッシュの焼き菓子があるので糖分補給といきましょう」
「なにからなにまで・・・。すみません」
「いえいえ。実は私が1番食べたかったんです」
照れ臭そうに笑うとつられてリックも笑い、じゃあ遠慮なく、とお茶に手を伸ばす。
「図書館の仕事をするようになってどのくらいなんですか」
「以前違う図書館でも働いてたので、通算11年くらい、ですよ」
以前の職場で10年弱、城内図書館で半年以上1年未満といったところだ。
「では僕と同じくらいですね。それなのにこんなに修理技術があるなんて、すごいです」
「たまたま以前の職場で教えてくれる人がいただけですよ」
「そうなんですか。その方に師事をして学ばれたんですか」
「師事・・・、そうですね」
研修会で教えてもらったというのが実際のところだったので師事と言えるのかは微妙だが、訂正するのも大変なのでそのまま受け流す。
「修理ができるようになり、さらにできる人が増えればきっと今度は修理のレベルが上がっていきます。自分でできる範囲を着々と広げていきましょう」
「そうですね。精進します」
話に一区切りがついたころ、ちょうど製本のりを置きはじめて1時間半経っていた。
「さ、そろそろいい頃かと思いますので、修理に戻りましょうか」
カップを片付けて作業台へ戻ると、作業を開始する。
「では、手順8から続けますね。のりが乾いたのを確認したら、本文と表紙を元の形に製本のりを使って貼り付けます。この時に本文の上下に気をつけてください。ここで失敗すると、・・・すごく大変です」
「手順9、本を挟んで固定する器具を使って製本のりを入れた部分を挟んで1日置きます。翌日状態を確認したら完了です」
「これはたしかに手間もかかるし大変ですね」
「そうなんです。しかも、1日にできる冊数・作業が限られているので、そう言った意味でも大変です。ただ、作業に慣れてしまえばなんということはありませんし、達成感はひとしおです」
修理はこれで完了。リックが来たのが昼食後だったが、気づけばもう夕暮れ。オレンジの陽の光が窓から差し込んでいた。あとは明日出来上がりを確認するだけなので、持ち帰って確認してもらうことになった。
「次同じ修理をする時は差し上げた紙を参考にやってみてくださいね」
「はい。今日はありがとうございました」
リックを城の出入り口まで見送ると、楓は図書館に戻り器具を片付けていく。手順を書いた紙を見せながら実際にやって見せる。時計は閉館時間を指していた。
「さあ、帰りますか」
門番へ挨拶をして自転車を走らせると、通りかかった広場で屋台村が開かれていた。朝市で食材を売っているお店が夕方に屋台に変わり、朝売り切れなかった食品を使って作られた惣菜が安く買えるのだ。最初は食中毒大丈夫なのか心配だったが、この国は気候的に暑くなるということがないので、よほど管理が悪くない限り食中毒はでない。それに、一応食中毒対策としてその日のうちに食べきることがルールとなっていた。
おいしそうな肉料理を酒の肴に一杯呑もうと購入し、また自転車を走らせた。
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