第30話 修理担当 リック

 講習会を開いた後、王立中央図書館では修理担当者が1人増えた。講習会に参加していた1人で、前から修理に興味があり、名乗りをあげた。今はリックに教わりながら修理を覚えている。

 あれから、全面的に弁償の基準が見直され、今現状修理が出来る破損は弁償を要求しないと決められ、利用者にも周知された。最初の2、3週間は戸惑いの声や、弁償だと思って最初から購入本を持ってきてしまった人がいるなど混乱したこともあったが、次第に受け入れられていった。これは会議で反対の声を上げていた職員も驚いていた。あとは、相互貸借を進めるだけだ。

 昼の陽気が差し込む午後2時半、城内図書館に電話のベルが鳴り響く。棚に入っていた楓は急いでカウンターに戻り受話器を取った。


「王立城内図書館です」

「王立中央図書館です。相互貸借の依頼なんですが」

「はい。著者名とタイトルをお願いします」


 今まで城内図書館には電話がなかったが、今回相互貸借を開始するにあたって他の部署で使わなくなった電話を回してもらった。


「ジェイン・オースティンの『エマ』です」

「貸出状況を確認しますので少々お待ち下さい」


 受話器を置くと貸出カードを確認し今館内にあることを分かると、本を取りに棚へ向かった。該当の本をカウンターへ持ち帰ると再び電話を取る。


「大変お待たせしております。ご依頼の本はすぐに貸し出しすることができますので、貸出処理が完了し次第お届けします」

「よろしくお願いいたします」


 電話を切ると、貸出カードに記入して届けるための梱包を済ませ手提げ袋にしまう。この手提げ袋はロゼッタに依頼して作ってもらった。郵便局の配達袋を参考にして発注した特注品だ。

 壁掛け時計を見上げると、もうあと30分で閉館時間。帰りに寄って届けることにした。


 閉館し施錠を済ますと、王都中央図書館へ自転車を走らせた。風を切る中に微かにある木や植物の香りに季節の変化を感じられる。ちなみにこの国がある大陸には四季が日本で言う春と秋しかない。四季折々の豊かな自然を知っている楓にとっては少し寂しい気持ちもあるが、この穏やかな気候も嫌いではなかった。

 図書館の外に自転車を止めて中央図書館に入ると、職員がちらほら退勤していた。事務所に入ると、リックが帰り支度をしている。


「相互貸借の本を持ってきました」

「あ、ありがとうございます。担当者は退勤してしまったので明日渡しておきますね」

「お願いします」


 本を渡すとリックは自分のデスクに置き、その上に相互貸借本と書いたメモを置く。


「修理の調子はどうですか」

「だいぶ、慣れてきました」


 王立中央図書館は城内図書館と違って利用者数が圧倒的に多い。その分修理も多くなるのでちょうどリックの腕慣らしになっていた。


「そのうち、糸綴じの本も修理できるようになりたいです」

「糸綴じの本が修理できるようになれば、大体の修理をこなせますからね」

「実は自前の本で糸綴じの破損があって直せないと思って諦めていたのですが、よ、よければお時間ある時に教えてください」


 リックが引き出しから取り出したのは、この国の子どもなら誰でも読んだことがあるといっても過言ではないロングセラーの絵本。表紙や本文にはテープで何度か直した跡があった。しかし、1番の問題点は本を縫っている糸が切れたことでゆるみ、今にもバラバラになってしまいそうになっているということ。これは分解しないと直せない。


「読み込まれてますね」

「子供の頃にかなり読んでいて、司書になるきっかけになった本なんです」

「大事な本なんですね。ぜひやりましょう。今度ご都合教えてください」

「ありがとうございます!確認してご連絡します」


 分かりましたと答えながら、はたと毎日図書館にいるわけではないことを思い出す。図書館にいない日に電話してきたら困ってしまうだろう。


「実は週3回はアーキュエイトで働いてて、城内図書館に繋がらなかったらそちらにお願いします」

「兼業してるんですか!?」

「城内図書館で働く条件がアーキュエイトとの兼業なので」

「じゃ、じゃあ、忙しい、ですよね・・・」


 さっきまでのやる気に溢れた顔は完全に引っ込み、表情が陰る。やっぱりいいですと言わんばかりだった。そんなリックの様子を見て慌てて違う違うと否定する。


「そうでもないですから、気になさらないでくださいね」

「ほ、本当ですか?」

「本当です。全然大丈夫ですよ。一応アーキュエイトの電話番号渡しておきますね」


 アーキュエイトの電話番号を書いて渡すと、タジタジと受け取る。とりあえず本気だということは伝わったようだ。


「それじゃあ、私はこれで失礼しますね」

「お、お疲れ様でした!」


 図書館を出るとあたりはすっかり暗くなり、風が強く吹き始めた。


「これは一雨あるかも」


 自転車に跨ると、急いで自宅へと向かった。

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