第29話 企み

「今日も会えなかったわ・・・」


 今日も懲りずに城に押しかけレオンを探していたシャルロットは、ちらりとも見ることができないまま、城の出口へと向かっていた。


「シャルロット嬢?」


 シャルロットに声をかけたのはダドリー・マッキンタイヤー卿。王様主催の交流会準備のため確認を終わらせ自席へ帰るところだった。


「マッキンタイヤー卿、ご機嫌よう」

「キャンベル卿にご用事ですか?」

「いえ、もう帰るところですわ」 


 シャルロットはふと彼の持つ書類に目が留まった。交流会の参加者リストで、そこには楓の名前が。それが目に入った瞬間、シャルロットは瞬間湯沸かし器の如く一気に怒りがこみ上げてきた。


「(使用人のくせに交流会にまで参加するなんて・・・!)」


 楓のフルネームが書かれているはずが別の書類に隠れてファミリーネームが隠れ、シャルロットには見えない位置にあり、結局誤解は解けないままだった。


「あの、もう帰らないといけないので、失礼いたしますわ」

「あ、ああ。表まで送りますよ」

「結構ですわ」


 足早に城を出るとすぐに馬車に乗り込んで自宅へ向かった。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


 キャンベル男爵家の一室、シャルロットの自室ではシャルロットと中年の男がいた。この男はいつもキャンベル男爵家に出入りしている商人のノルベルトだった。

 癖のある栗毛が動くたびにピョンピョン飛び跳ねている。彼が主に取り扱っているのは薬。治療薬から毒薬まで、庶民から貴族まで、それはもう手広くやっていた。


「麻痺薬を都合してもらいたいの」

「麻痺薬、ですか」

「ええ、ちょっと懲らしめたい女がいるのよ」


 自分の都合の悪い人間に薬を盛るというのは貴族の中ではよくある話で、ノルベルトも少なからずそういった依頼をされたことがある。とは言ってもちょっとお腹の調子が悪くなればいいくらいの依頼で、シャルロットのように本当に危害を加えたい意図ではなかった。

 とてもじゃないが麻痺薬なんて危険な薬をこの世間を知らなさそうなお嬢さんには売ることは出来ないと思いつつも、このまま帰るというわけにもいかない。少しばかり情報を引き出そうと薬を探すふりをしながら質問を投げかける。


「お嬢様をそこまで思わせるのは一体どこの誰なんですか?」

「城内図書館で働くカエデという女よ。庶民のくせにレオン様の近くをうろちょろしている身の程を知らずですわ」


 シャルロットは手にしていた扇をギリっと握りしめる。そんなシャルロットを横目にノルベルトは思案顔だった。商人というのは国の情勢にある程度詳しくないと商売が出来ない。誰が爵位を剥奪され新たに叙爵じょしゃくしたのかということは、すぐ耳に入る。そのため彼は楓は庶民ではないことを知っていたのだ。

 この家族お得意の思い込みか、と納得するとともに面倒なことになったと感じた。


「では麻痺薬はそのカエデという女性にお使いに?」

「ええ。4ヶ月後に王様主催の貴族と城内職員との交流会があるのよ。使用人のくせに交流会にまで出ようとするなんて許せるはずないじゃない。だから交流会のときに飲み物に盛るつもりなの。交流会の途中で倒れれば不敬に問われるはずよ。身の程を知るいい機会だわ!」


 王様主催の催し物で騒ぎを起こすというのか。しかもそれを簡単に口にしてしまうというその向こう見ずな計画に断りたくなってしまったが、それが出来ないのが貴族との付き合いというものだった。


「飲み物によく溶ける物を用意してちょうだい」

「・・・承知いたしました。それではこちらをお使いください」


 考えた末に取り出したのは紙に包まれた一包の粉薬だった。


「これが麻痺薬ね」


 商人から受け取ると、シャルロットは薬を机の上にあったポーチの中へしまった。


「お嬢様、この件は他言為されませんようお願いいたします」

「ええ、もちろんよ。これであの女を懲らしめられるわ!」

「ではこれにて失礼いたします」


 ノルベルトは高笑いするお嬢様を尻目に部屋を後にする。廊下を進みもう少しで玄関に出るところで今度はこの家の主人、キャンベル卿と鉢合わせた。


「ああ、ノルベルト。娘に呼ばれたようだがもう帰るところか、ご苦労」


 キャンベル卿は手にはジャラジャラ指輪をし、腕にもジャラジャラとブレスレット、胸には大きなダイヤのブローチがギラギラと輝いていた。


「恐れ入ります」

「君のところの薬は効きがいいから気に入っている。今後も頼んだぞ」

「光栄です。それでは失礼いたします」


 話もそこそこにノルベルトは男爵家を出る。正直もうこの家には関わりたくなかった。というのも、ノルベルトはシャルロットの父についての噂も耳に入っている。シャルロットの父、キャンベル男爵が不正を働き続けていることはこの家に出入りしている商人の間では有名な話で、その手口は隠し通せるような慎重さも巧妙さも欠いていた。その点は子どもにも引き継がれているらしい。


「没落も時間の問題だな」


 ボソリと溢れた呟きは誰の耳にも届くことはなく、ノルベルトがこの家に現れることは二度となかった。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


「レオンさん、一体何を調べているんです?・・・それは、キャンベル卿の勤務成績表?」


 ハリーは自分の分のついでにカフ(コーヒーのような飲み物)を注いだレオン愛用のカップをデスクに置くと、レオンが持つ書類がキャンベル卿関連のものだということに気づいた。


「最近彼の所属する部署で収支が合わないという事案が起こっているらしくてな」

「でも、あの人毎年移動してますよね」

「ああ、毎年起こっている」


 毎年異動しているのにも関わらず彼がいる部署で問題が起きるなんて、キャンベル卿が犯人だと言っているも同然。レオンもハリーもそう考えていた。


「それは、怪しいですね」

「そうだろう。調査命令が入ったからな」

「ああ、そっちの仕事ですか」


 文書管理担当はぱっと見ただの閑職のようだが、もう一つの側面を持っていた。それは王直轄の諜報部というもの。城内で行われている不正に対し王から調査命令があった場合に密かに調査報告することになっている。

 図書館が管理できないほど忙しいのはこの役目も持っているからだった。


「今の部署は防災ですか」

「ああ、防災用具の購入頻度は前年度と変わらないのに、費用だけが前年度比2割増になっている。そして、管理にキャンベル卿も携わっている」

「なんでそこザルなんでしょうね」

「彼の問題行動として報告を怠る傾向にある。周りも慣れてしまい気に留めなくなっているというのが現状だろう」


 彼の数年に渡る勤務成績報告書には、報告義務違反の文字が散見していた。そして毎回それを理由に異動が命じられている。上司から注意されていたこともあっただろうが、2、3度注意しても改善されず、そのうちに注意すらされなくなってしまった。

 結局本当は仕事をさせたくないがそういうわけにもいかず、仕事を与えているうち不正を行えるようになってしまうようだ。加えて次男三男の寄せ集めで仲間意識が働くのも原因の一つだ。


「それ自体も問題ですね」

「ああ、しかし慢性化してしまえば気づかなくなってしまうのも頷ける話だ」


 そうして蔓延すると組織は次第に腐っていく。だからこその命令だった。


「とりあえず、キャンベル卿の素行調査と勤務状況調査だな」

「屋敷の出入り業者に探り入れます」

「そうか、ではシャルロット嬢についても合わせて調べてくれ」

「それも王命ですか?」

「そうだ。防災用具の業者にはケネスを向かわせる」

「了解しました」


 ハリーはピッと敬礼すると、早速調査に出かける。レオンはハリーが退出するのを見送ると資料を眺めカフを一気に飲み干して席を立った。

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