第28話 講習会2
ここで皆に向けて修理途中の背割れの本を見せた。
「ただ、これだと背表紙がなくなってしまいます」
背表紙を見ると、紙が被さりタイトルや装飾が見えなくなってしまっていることがわかる。今修理しているこの本はカバーが無いため、このままでは棚に並んだ時に分からなくなってしまう。
「なので、前もって書き写しておくなり、修理後分かりにくくなることがないよう工夫が必要になります。くるみ製本の修理は比較的難しくないので、まずこちらの修理をマスター出来るといいかもしれません」
次の説明のために今見せていた本を端にずらし、糸綴じの本を出す。
「さて、くるみ製本についてはここまでとして、次に糸綴じの本です。これは表紙から本文、ページ部分を本文と言いますが、これを切り離して、これを縫い直して元に戻すという過程を経て修理が完了します」
修理過程ごとに分けた本を順を追って見せると、関心を持って聞いている人とそんなに面倒なことをするのかと思ってそうな様子の人と様々だった。その中でリックは終始目をキラキラさせて説明を聞いていた。
「難易度としては一番難しく手間もかかりますので、もし難しければこちらのように内容を邪魔しない範囲で紙を使って修理するという手段もあります。ただし、いずれにしてもこれはくるみ製本の後のステップでもいいかなと思います。駆け足で説明してしまいましたが、大丈夫、でしたか?」
さすがに飛ばしすぎたと反省しながら尋ねると、全然と首を振るものと愛想笑いをするものとに分かれた。
「今回は概要として説明しましたが、必要があれば個別に修理方法について対応するということでもいいでしょうか」
「それが良さそうですね」
周りの職員の様子を見てペンフィールド卿は大きく頷いた。
「ではそういうことで、講習会は終了といたします。お疲れさまでした」
楓が簡単に片付けようと掃除をしていると、皆が椅子机の片付けを手伝ってくれて、片付けは概ね終わらせられた。目処がついたことがわかると、各々帰り支度して帰って行った。それを楓は笑顔で見送りながら頭の中では大反省会だった。そうして頭の中をぐるぐると反省点が回っているところに、同じく職員を見送っていたペンフィールド卿も帰ろうと楓に声をかける。
「お疲れ様でした。新たな課題も見つかりましたし、職員にとっても勉強になったと思います」
「ありがとうございます。でも、さすがにマニアックというかちょっと置いていってしまってましたよね」
「普段修理業務についているのはリックだけですから、他のものには少しピンとこないところもあったかもしれませんね」
弱音を零す楓に最後に残ったペンフィールド卿は正直に答えた。
「そうですよね。いろいろ準備しているうちに気合が入りまくってしまって、結果的に空回ってしまいました」
「リックにはあなたの熱意は伝わりましたよ。帰りがけ早く新しい修理を覚えるんだと珍しく燃えていました」
リックは引っ込み思案あまり意見を出すこともないし、自ら行動を起こすような自主性もない。与えられた仕事を静かにこなすだけ。そんなリックが率先してこの講習会に賛成し、新たな業務を覚えようとする姿はいままで見られなかった。
「彼は、手先の器用さと几帳面さが買われて修理担当に配属されましたから、きっと今日見た修理もこなすでしょう。よろしければぜひ、リックの力になってあげてください」
「もちろんです」
「よろしくお願いします」
握手を交わすとペンフィールド卿も退出していったので、後片付けをして文書管理担当へ報告しに行くとハリーが当番で出勤していた。
「どうだった?」
「教えるって難しいですね」
浮かない顔で答える楓に納得のいく内容ではなかったことがわかる。しかし楓が頑張って準備をしていたことを、時々図書館に行くハリーは知っていた。全く手応えがなかったわけではなかっただろうとは思うが、全員にはうまく伝わらなかった。あまり反応が良くなかったのだろうと想像していた。
「そっか。説明がうまくいくかって前提が共有できているかによるからね。修理の担当者は1人だけだったんでしょ?」
「はい。彼はついてきてくれていました」
やはり全く伝わってなかったわけではない。ならばもう楓の伝えたかったこととというのは既に楓の手から離れている。
「それなら大丈夫でしょ。あとは向こうが内部で浸透させられるかどうかだよ」
「そう、ですね。そのためにもフォローしていきます」
「うん。それもいいんだけどさ」
「?」
「仕事抱え込みすぎ。気をつけなよ」
さすがに資料準備でこしらえた目の下のクマをメイクで隠し通すことはできなかったようだ。ハリーは後で施設担当に返しに行こうと思っていた部屋の鍵を楓の手から抜き取る。
「鍵は俺が返しておくから今日はもう帰って休みなよ」
「でもまだ片付けが…」
「それはまた次の出勤日にやればいいよ。今君に必要なのは休養ね」
背中を押され部屋から追い出され、目の前でバタンと扉を閉められたた楓は、少しの間茫然としていたが、緊張がゆるんだことで眠気が襲い、ここは言う通りにしておこうと切り替えた。
扉を閉められてしまったが、ちょっと開けて顔だけ出すと「お先に失礼します」と声をかける。「おつかれ」と返すハリーはもう仕事に戻っていた。
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