第26話 王妃フローレンス・セントパンクロス

 週末の昼下がりのこと。いつもならばまだ営業時間のはずのアーキュエイトが、今日は閉店の札を出し店を閉めていた。店舗の2階では普段一階にあるソファや調度品が置かれ、カーテンは閉めきられていた。こういった対応するのは来客を人に知られたくない時だ。その人物は数人のお付きを従えた、現王の妻。王妃フローレンス・セントパンクロスだった。

 デヴォラがフローレンスをソファに案内してすぐに退出し、入れ替わりでロゼッタが入室するとフローレンスに一礼する。


「この度はお運び頂き大変恐縮でございます。本日はどのようなお召し物をご所望でしょうか」

「そうね・・・。次の交流会に着るドレスを新調しようと思っているの」

「承知いたしました。ご期待に応えれられるよう精一杯手を尽くさせて頂きます。以前のご購入から間が空いておりますので、改めて採寸をさせていただきたく思います」

「では、皆さん外してくれるかしら?」


 その一言でお付きの従者が退出し隣の部屋へ移動した。普通は1人も従者がいないなんてことはありえないが、アーキュエイトに来たときはそうするよう厳命されている。そのかわり、アーキュエイトも従業員を同席させないことになっていた。全員が出たことを確認すると、残された2人は顔を見合わせ笑う。


「久しぶりね、ロゼッタ」

「ええ、前回ドレスを新調して以来だから、1年くらいね」


 親しげに話すこの2人はかつてはよく遊んだ幼馴染みだった。フローレンスが王妃になって以来は容易く会うことは出来なくなってしまったが、親交はなくなっていない。フローレンスが市井の様子を知りたい時にはこうしてドレスを新調する名目で話に来る。


「最近何か怪しい噂はある?」


 フローレンスが来るのはおおむね年に一度。それまでにロゼッタはいろんな伝手を使って情報を集めていた。


「インジュリーっていう防災業者なんだけど、規模の割には羽振りが良すぎるって話を聞いたことがある。取引先はどこも優良と言われている業者ばかりだから不正は出来ないし、一体どんなルートで金を得ているのかって」

「城仕えの公務員と癒着している可能性があるわね。ちょっと待って、防災??」


 ここ最近聞いた噂を伝えると、フローレンスは何か思い当たることがあるようだった。


「夫からキャンベル男爵の動向がおかしいって聞いたのよ。彼はいま防災担当にいるけどここ最近毎年異動していて、おかしいって言っていたわ」

「王が感じるほど彼は今までやらかしてるってことね」

「ええ、給与も本当なら年功的にはもらってるはずなのに、30代の職員と同じくらいしかもらってなくて、人事評価がかなり低いってことまではわかったみたいだけど・・・」


 本来、王は政には関わるが、人事には口を挟まない。それが出来てしまうと王の顔を窺い仕事を行うものが増え、王政そのものが堕落してしまわないようにするために自然とそうなっていった。

 しかし今回はそれがかえって裏目に出てしまった形となった。貴族出身の次男三男が集まることで変に仲間意識が働いていて、今まで未遂で見つかったこともあり目をつぶってきてしまったのだ。


「親子揃って、困ったものね」

「親子って?」


 ボソリと零したロゼッタの呟きをフローレンスは聞き逃さなかった。さすがにシャルロット嬢のことまでは知らなかったようだ。


「キャンベル男爵の娘、シャルロット嬢がレオン・ベイリー卿に近しい女性を関係を問わず攻撃し続けてるの。これまで何人も被害を受けてるけど、今はうちの従業員も被害受けてんのよ」


 聞いているうち徐々にフローレンスの表情が強張る。


「レオン・ベイリーって私の親戚よ?ロゼッタのとこの従業員ってもしかして彼女??」


 ベイリー家とフローレンスの生家グランヴィルはそれぞれの母が従姉妹ということで、レオンが赤ちゃんの頃からの付き合いだ。歳が離れているので仲良くとまではいかないが、フローレンスは目をかけていた。


「いいえ。その子カエデっていうんだけど、うちで働きながら城内図書館で働いてるのよ。つまりベイリー卿の部下ってわけ」

「最近図書館を管理してくれてる子じゃない!あなたのところの従業員だったのね」


 フローレンスが楓の存在を知っていたことにロゼッタは驚いた。楓が頑張っていることは知っていたが、王妃が知るほどとは思っていなかった。


「あなたが知るほどなの、あの子」

「あの図書館は前王妃のお気に入りだったから、私も夫も気になっていたの。やっときれいになったから」


 図書館が綺麗になって以来、王の機嫌がいい日が多くなったことをフローレンスは知っていた。


「カエデは仕事上ベイリー卿に報告なり相談なりすることが多くて、シャルロット嬢に目をつけられちゃったみたいね。仕事中に襲撃されたって言ってたわ」

「それは見逃せない話ね。まとめて膿を出せるといいんだけど」


 ロゼッタは肯定も否定もせず、引き出しからメジャーを取り出した。


「さ、そろそろちゃちゃっと採寸済ませないとね。デザインの要望も教えて頂戴」

「ちょっと太ったのよね」

「なによ全然変わらないじゃない。嫌味〜」

「違うわよ!」


 子供の頃のように軽口を飛ばしあい、フローレンスを試着用のカーテンに促すと採寸が始まった。

 唯一変わっていた腹囲のサイズだけメモすると、今度はデザイン決めに入る。


「今年はどんなデザインにする?」

「首元はVネックで、スカートはチュールを重ねる感じで・・・」


 ロゼッタはフローレンス妃の要望を絵におこしていく。それ覗き込みながらさらに細かく要望を伝えると、デザインが整っていった。

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