第25話 乱入者

根本的な問題に突き当たり沈黙に包まれた会議室。そんな沈黙を破ったのは、


「ごめんくださーい」


忘れ物を届けにきた楓だった。


「ガーランド卿!?どうされたのです?」

「すみません、会議中でしたか。前回の会議で万年筆を落とした方がいたみたいで届けにきたのですが・・・、出直します」


楓が帰ろうとすると、アルバートが立ち上がり引き止める。


「お待ちくだされ。多分それは私の万年筆ですな。わざわざありがとうございます」

「いえ、たまたま近くを通りかかったので。勝手に入ってすみませんでした。それでは私はここで」


足早に帰ろうとする楓を、今度はカウリング卿が引き止める。


「いま修理について話し合っているところで、是非ともガーランド卿にも意見をお聞きしたい」


それを聞くとべンフィールド卿が素早く椅子を用意し、カウリング卿の隣へ案内する。楓に反論する隙もないまま気がつけば座らされていた。


「初めて会うものもいるだろう。こちらはカエデ・ガーランド卿、王立城内図書館で勤務している」

「はじめまして、カエデ・ガーランドです」


楓がお辞儀をすると、数人がぱらぱらとお辞儀を返す。


「さて、いま議論に上がっていたのは修理と弁償の基準についてだったな」

「基準、ということはどこまで修理対象とするかということですね。これは職員がどこまで修理できるかによって大きく変わりますからね」

「そうだな」

「うーん、どうしましょうかね・・・。例えば一度説明会でもしましょうか。今私が抱えてる修理本もあるので、そちらを活用しながらどのレベルなら修理ができるのかということをお示しして、それを元に基準を作ってみるというのはどうでしょうか」

「いいじゃないか。皆はどう思う」

「名案です。私はその案に賛成です」


職員の中からいの一番に声を上げたのはリックだった。修理担当のリックが言うならと周りも賛同しはじめる。


「後日日程を調整して説明会をやりましょう。内容としては今考えているのは破損程度の見極めと、修理できるものはどんな方法が可能かということも話せたらと思っておりますので、修理担当の彼だけではなく、興味のある方皆さんの参加を歓迎いたします」

「そうだな。興味のあるものは積極的に参加するといい」

「話がまとまったところで、そろそろ退出してもよろしいでしょうか・・・。仕事の合間に来ているもので」


そう、今日はアーキュエイトの勤務日で、ロゼッタに許可を貰ってお使いのついでにペンを届けに来ただけだったのだ。遅くなれば怒られはしないが心配されてしまう。


「ああ、そうだった。引き止めてしまって申し訳ない!大変助かった」

「いえ!お力になれたなら嬉しいです。それでは失礼いたします」


お邪魔しましたと声かけ職員にも頭を下げると、椅子を元の場所に戻して退出しようとする。するとべンフィールド卿が駆け寄ってきて、外の入り口まで見送ってくれることになった。


「わざわざすみません。会議の途中だったのに大丈夫ですか?」

「ええ、結論は出ましたので今頃締められていると思います。むしろこちらが引き止めたのですから見送るのは当然です。お仕事中に申し訳ありませんでした」

「いえいえ、元はと言えば私が言い出したことで起こった議論ですから、お力にならなければ」

「ありがとうございます。庶民も気軽に利用できる図書館にきっと近づいていくことと思います」

「そうですね。それでは失礼いたします」


2人は玄関で別れた。べンフィールド卿が会議室に戻ると案の定会議は終了し、会場がバラされはじめていた。

会場を職員に任せ執務室に戻ると、カウリング卿は先ほどまでの会議の内容をまとめていた。


「見送りご苦労だった。結論は出たから会議は終了した。すまないな」

「いえ、そうではないかと思っておりました」

「そうか。ガーランド卿は怒ってはいなかったかね」

「ええ、自分が発端の議論だからと仰っていました」

「発端、そうかもしれないな。しかし、この変化はずっと以前から望まれていたことだ」

「気付いてらしたのですか」


庶民の利用率の低さについて会議に上がったのは副館長が変わってからのことだった。ところが、カウリング卿はそれ以前から知っていたかのような口ぶりにべンフィールド卿は驚いた。

副館長になる以前は、職員同士で図書館運営についていろいろと話し合っていた。特に庶民の利用率の低さについてはよく話題に上がっていて、それでも解決できない問題の一つだった。べンフィールド卿は勝手に、館長や副館長はそんな風に職員が思っているなんて気付いてもないだろうと思っていた。


「酒場で呑んでいるとたまに隣の会話が聞こえるだろう。そういった時に小耳に入ることがあってな」


ごふぉ


思いもよらない答えに飲んでいたカフを吹き出した。普通の貴族は酒場を嫌う。庶民の行く場所と思っているので酒場で食事をしようとすら思わないだろう。


「酒場行くんですか」

「興味があってたまにな」


吹いたカフを拭き取り冷静になると、言葉の内容がちゃんと入ってきてそれはそれで慌てた。つまりカウリング卿は、べンフィールド卿らが酒場で図書館運営について語り、ときに零していた愚痴を耳にしていたのかもしれないのだ。


「私が隣だったこともありましたか?」


上司が隣にいたのに気づかず愚痴をこぼしていたなんて恥ずかしいの極みだったが聞かずにはいられなかった。


「さあ、どうだったかな」


ニヤりと笑うカウリング卿に、ぼやかされた返答の答えを知る。


「そう、ですか。つまり以前より職員の中には今の図書館のあり方について疑問を持つものがいることをご存知だったと言うことですね」

「ああ、もちろん前副館長も知っていた。だからこそ、君が副館長に抜擢された」

「それは一体・・・」

「君たちの考えは最もだと思っていたが、貴族出身の我々が言い出しても反発を生むことは想像に難くなかった。そこで、丁度定年が決まっていた副館長の後任を庶民出身の人物を据えることで緩和出来るのではないかと考え君を副館長に選出したのだ」

「しかし、私は特別何か成果を上げていたわけではありません。私でなくても、適任は他にもいたのでは?」


このことは着任を命ぜられてからずっと疑問に感じていたことだった。べンフィールド卿は普段の業務を真面目にこなすものの、特に何か大きなことをしたことはない。


「後任の選出については副館長と何度相談したかわからない。そんな時に、突然前副館長が君を押してきた」

「前副館長が私を?」

「私もなぜ君なのか尋ねた。君は同僚にも利用者に好かれていることが決めてだったそうだ」


カウリング卿と前副館長はよく市井の声を聞くために酒場に出ていた。そこで職員と意見を交わすべンフィールド卿は批判に偏らず現実と理想をきちんと分けて話していた。それから前副館長は業務中も彼を観察するようになった。そして見かけたのはよく利用者に声をかけられているべンフィールド卿の姿だった。本探しなどの業務的なものもあったが、雑談で話しかけられているということも多かった。身分に関係なく図書館の利用者と話すバランス力があることに気づいた前副館長が、べンフィールド卿を押したというというのだ。


「君なら、苦なく庶民と貴族という身分差のあるこの職場で調整役として働いてくれるのではないかとな」

「そうだったんですか・・・」

「決して簡単なことでないことは理解している。それでも君にはこなす能力があると判断した。さて、これで疑問は解消されたかね」

「はい」


今までなんとなく庶民出身だから選ばれたと思っていた。しかし、そうではなく、自分が選ばれた理由がちゃんとあった。このことはべンフィールド卿のモチベーションを大きく上げた。


「図書館の発展のためお力になれるよう努力いたします」

「程々にな。何か困ったことがあれば必ず相談すること。これだけは守ってくれ」


はい、と答える声は心なしか震えているようだった。

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