第24話 王立中央図書館職員会議

 王立中央図書館では月初めに図書整理休館日を設けている。この日は職員が全員が揃ってする会議や、館内のレイアウトを変えたりなどの業務を行っていた。

 今日は、前回楓との会議で問題になった破損本について職員会議の議題に挙げられた。カウリング卿は修理のレベルを上げ弁償を減らす方向性で考えていることを伝えると議論は紛糾した。


「それでは貴族に対しても弁償を求めないということですか?」

「破損汚損している本を見目が悪いと使いたがらない貴族が増え利用が減るのでは!?」


 そういった声が上がっているのは、貴族派と呼ばれるネイサンとオリヴァーだった。以前から今利用の多い貴族によった者たちと、身分関係なく広く利用してもらいたい者たちとで派閥ができていた。それはペンフィールド卿が副館長になって以来後者が発言しやすくなってことによってより顕著になってきていた。


「館長はどう考えますか」


 ペンフィールド卿は発言したものの名前をさりげなくメモしながらカウリング卿へ話を振る。


「それについては真摯に理解を求めていくに尽きるだろう。庶民には弁償を求めないのに貴族には求めるのではそれこそ反感を買うだけだ」


 カウリング卿は机に肘をつき手を組み、その組んだ手に顎を乗せる。


「それはそもそも庶民にも弁償を求めればいいだけで・・・」

「平均月収17万セントで生活している庶民にとって弁償のリスクを負って本を借りようと思うかどうかという問題もある」


 この国の庶民は、水道光熱費2万セント、家賃に5万セント、食費に3万セント。更に税金なども払い貯蓄もしようとすれば、決して余裕があるとは言えない状況だった。


「それは個人の問題で、嫌ならば借りなければ良いのでは」

「では、君の給料はどこから出ているのかね、ネイサン」

「公費からです」


 尋ねられたネイサンは当然だろうと言わんばかりに顎を上げ答える。


「では本の購入費は?」

「公費からです」


 同じ答えを答えさせられて少しイラついてきたのか、眉を顰める。


「では図書館の備品はどこから出ているのかね」

「公費に決まっているではありませんか!」


 三度同じような質問をされ、ついにイラつきが爆発する。しかし、カウリング卿は気にも止めずさらに質問を続ける。


「さて、ではその公費はどこから出ているのかね」

「こ、国民・・・からです・・・」


 なぜこんな質問をするのか、ネイサンはまだわかっていなかった。こんな当然のことをなぜ繰り返して聞くのかと思っていた。


「ではその国民とは何をもって国民と定義されるのかね」

「この国に住む、すべてのものです」

「つまり、そこには庶民も含まれているということになるわけだが」

「その通りですが、一体なにがおっしゃりたいのです」


 堪えきれず尋ねるとカウリング卿の髪と同じ栗梅色の瞳が貫くかのようにネイサンに突き刺さる。


「我々が少し工夫をすれば解決するかもしれないというのに、それもせずになぜ庶民は本を読む権利を与えられないままでいいというのかね」

「そんなことは言っていないではありませんか。嫌ならと・・・」


 劣勢を察したネイサンが言い訳を始めるが、カウリング卿は手で制する。


「貴族は気を遣って当然だが庶民はそうではないと言うことか?もし逆なら、君は反対したかね」

「それは、その・・・」


 逆なら、自分だったらどうしていたのか答えが出せなかった。ネイサンはすっかり先ほどまでの勢いを失ってしまう。


「君は庶民出身ではあるが、国に仕える仕事をしている。先ほどあげた平均月収で生活している庶民より遥かに余裕のある生活をしているだろう。しかし、君の親戚や友人の中にはそうではない人がいるとして、そういった人たちが与えられるべき権利を与えられずにいたらどう思うのかね」

「・・・」

「私は公費で運営されている以上、皆が図書館を利用できるべきであると考える。異論のあるものはいるか!」


 もう反論が出来るものはいなくなってしまった。ここまで正論を叩きつけられてしまえば当然のことかもしれない。なによりいつも中庸であろうとしているカウリング卿がここまで白熱とした議論をすること自体が珍しいのだ。会議室には糸を張ったように空気が張り詰めていた。対するネイサンは話の勢いで貴族相手に不敬を働いてしまったと顔を青くしている。先ほどネイサンと一緒に声を上げた職員は自分は関係ないと言わんばかりに下を向いてしまっていた。


「異論はございません。身分を弁えず無礼を働きました。大変申し訳ありません」


 ネイサンは席を立ち、カウリング卿へ頭を下げる。これは失職ものだ、とネイサンは覚悟を決めてカウリング卿の言葉を待った。


「この場においては君と私はただの上司と部下だ。貴族相手だからと気を使ってもらう必要はない。このことで君たちの立場を悪くしようだなんて思っていない。図書館をより良くするための議論だ。そうだろう?さあ、頭を上げて」


 バッと音がなりそうなほど勢いよく頭をあげるネイサンにカウリング卿が手で席に座るよう促した。


「寛大なお心に感謝いたします」


 胸に手を当てお辞儀をすると、ネイサンは席についた。失職の危機を免れ安心したのか、背中には冷や汗が滲んでいることに気づく。


「それに君たちの言っていることには一理あるんだ。問題はそこをどのように乗り越えるかということだ。そのためにはまず我々が信念を一つにし、すべての国民が図書館を利用する権利を害されることがないようにしなければならない」


 君たちと言われたとき、無関係を装ったオリヴァーがビクッとしていたが気づいたものは誰もいなかった。皆カウリング卿の言葉に真剣に耳を傾けていたからた。


「承知いたしました」

「では、その件については新聞広告や館内での張り紙で告知し、理解を求めるというのはどうでしょうか」

「そうですね。貴族の義務に訴えかける内容なら仕方ないと考えてくれるのでは」


 貴族の義務とは、特権を持つ者と持たない者が釣り合いが取れるように貴族や権力を持つ者に義務を課すという概念のようなもの。それを破ったとして罰せられることはないが、社会的な信用をなくす。貴族は社会的な信用を重要視するため、自然と貴族の義務は浸透していた。


「それはいいかもしれない。それでは広報担当は広告や張り紙の準備に取りかかってくれ。さて、本題に入るが、修理本担当についてだが、これから修理本が増えればリックだけでは手に負えなくなってくる。そこで、修理本担当を増やそうと思っている」

「そもそも論になってしまいますが、修理ができると判断する基準とはどの程度なのでしょうか」


 はたと投げ込まれた疑問に、誰もが確かにと思うも口に出せず会議室は沈黙に包まれた。

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