第23話 問題解決?

「他にもなにか気づかれた、質問のある方はいらっしゃいますか?」


 楓がゆっくり見回すと、1人気の弱そうな若い男性が小さく手を上げていた。


「はい、えーっと」

「リックです・・・」

「リックさん、どうぞ」


 リックは手を下ろすと体の前で祈るときのように手を組む。


「あの、黒板では汚損破損の本のついては相談ということだったんですが、なぜ一括で弁償にしないのでしょうか・・・。今は、ちょっと破れたくらいなら補修して、汚損は程度によらず弁償となっています」

「なるほど・・・。それは本を借りていくのが貴族が多いからということが関係していますか?」


 事前に王立中央図書館の貸出率についてはカウリング卿の協力して得て調べていた。その資料には貸出対象者がほとんど貴族であることを示されていた。よほどケチな貴族でなければ気前よく弁償しているという。


「たぶん・・・そうだと思います・・・」

「今回、この仕組みを取り入れるにあたって、庶民の利用を促進したいというところから話は始まりました。貴族なら抵抗なく弁償してくれていても、庶民にとってはどうでしょうか」

「あ・・・そっか・・・」

「ええ、そうなんです。多分弁償を恐れて本を借りてくれないのではないかと思います。それでは目標は達成できないので修理できるものに関しては修理をして、弁償を求めないという形がいいのではないかと思いました」

「浅慮でした。申し訳ありません」


 肩落とし頭を下げて謝罪するリックに、いやいや、と止める。


「むしろ問題点が炙り出ました。ありがとうございます。とりあえず、これはそのままルールとして取り入れるのはやめておきましょう」

「な、なぜですか・・・?」


 リックはおずおずと頭を上げると尋ねた。


「ほとんど無条件で弁償という形を取っていたということは、修理ができる人がいないか少ないのではないでしょうか」

「修理担当は僕だけです・・・・・・」

「そうなりますと、修理の技術を求められたり、場合によっては修理ができる人を増やさないといけないかもしれません。それをするかをここで決めることはできないと思いますので・・・」


 カウリング卿とべンフィールド卿に目配せをすると、意図を汲んでくれたようでべンフィールド卿が話を代わってくれた。


「そうですね、これは持ち帰って職員会議にかけましょう。もしルールに入れるなら通常の業務から見直す必要がありますからね」

「よろしくお願いいたします。それでは、他にはありますか?」


 また全体を見渡すと、各々手元のノートにメモしていたりしていて質問等があるような様子でなかった。


「それでは、さっきの一文について議論ののちルールを本決定するということでよろしいでしょうか」

「いいだろう」

「それでは、今回の会議はここまでとさせて頂きます。みなさん、お疲れ様でした」


 楓が締めると各々帰り支度を始めた。楓が黒板を元あった壁側に片付けていると、先ほど質問していた気の弱そうな青年リックが話しかけてきた。


「ガーランド卿、あなたは僕とあまり年が変わらないはずなのにどうしてそんなに図書館学を心得ているんですか?」


 これは非常に鋭い困った質問だった。久しぶりに感じる焦りになかなか言葉が出てこない。


「あ・・・。えっと、まだまだ私も勉強中ですので、褒められたものではないんです」


 結果こんなお茶を濁したような言葉しか出て来なかった。すると謙遜に受け止められたらしく、キラキラとした目で覗き込むリックの瞳に罪悪感が湧く。


「そう、なんですか・・・?」

「ええ、本に携わるということは生涯学習ですから」


 これは学校で図書館学を学んでいた時に似たようなニュアンスの話を聞いたことがあったので思わずそれが口をついて出た。


「生涯学習・・・ですか・・・」

「ええ、終わりがないということでもありますよね」


 なんとか話がそれたところで、他の椅子を職員たちが片付け始めたので2人は片付けに戻った。

 片付けを終えて皆を城門まで見送ると、楓はやっと肩の力を抜くことができた。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


「どう思いましたか。彼女の印象」


 休憩時間、べンフィールド卿は職員の古株アルバートに尋ねた。2人はべンフィールド卿が副館長になる前からよく図書館運営について話す仲だ。以前よりは大っぴらに話せなくなってしまったが、2人の関係性は副館長になっても変わらなかった。そしてそういった時は以前の先輩後輩へと自然と戻っていた。


「今のところは良い子だとは思う。こちらの不手際で席が足りなかったというのに、あの子はなんと行ったと思う」

「なんと言ったんです?」

「自分の用意が悪かったと」

「そうでしたか。そのように言っていたのですか」


 今回楓が会議の人数が増えたことを知らなかったのは、王立中央図書館側の完全なる不手際だった。当初楓には2人で向かうと通達していたのだ。職員からも会議に参加するものを連れていくと決まったのはその後のことで、それを館長が通達しなかった。

 故意ではない。彼にはもともとそういう抜けたところがあるが、それを前副館長が先回りしてフォローしてくれていた。たまたまそれがべンフィールド卿に引き継がれてなく、フォロー出来なかったのだ。


「それに、あの若さでちゃんと利用者のことも考えつつ業務のことも考えていた」

「ええ。私や館長から聞いた時は半信半疑でしたか」

「改革を起こそうとするやつは8割怪しい。商売に持ち込もうとする動きがあれば即反対していただろうが、あの子は純粋に図書館運営について考えてる」


 今まで公的サービスに携わるものを言葉巧みに騙し公金を搾取し私服を肥した結果、捕らえられる者は少なくない。

 図書館にもそういった輩が近寄ることがあり、そうして堕落し捕まっていった同僚をアルバートは何人も見ていた。

 楓がそうではないという保証はどこにもない。だからこそ会議にアルバートが参加した。そこで楓を見極めようと思っていた。


「そうですね。一体どこで学んだのか」

「たしかに相互貸借はどの国もやっていない、まったく新しい取り組みだ。あの子の思いついたっていうのか」


 生じた質問に経験してきたかのようにすらすらと対応を答えられている。いままでどこもやって来なかったことなのにどうしてそんなことができるのか、彼女が自分たちにとって害なすものか否か、2人にはその答えが出せなかった。


「分類にしても相互貸借にしても、ちゃんとしてるのに謎が多いですよね」

「ああ。そこが分からない」

「ええ」


 議論が停滞したところで、2人は話を切り上げ業務に戻った。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


 楓は皆を見送ったあと会議をしていた部屋へ戻るともう一度部屋のチェックをしていた。部屋の管理をしている総務部のチェックは厳しく、元通りに戻っていなければ呼び出されて掃除をやり直されるのできちんと確認するようにとアドバイスされていたのだ。


「あれ?」


 一応箒で床を掃き、部屋の隅の方へ集めていると万年筆が落ちていた。念の為会議前セッティングするときにはなかったものなので誰かの忘れ物だろう。


「届けに行きますか」


 万年筆をポケットにしまい、掃除を終わらせて総務部に報告しに行った。

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