第22話 会議

 楓が王立中央図書館の監修者になってから1カ月ほどたち、王立中央図書館では蔵書目録が出来上がっていた。職員が20人いると流石に早い。

 本に分類をつけることも同時進行だったというのに、閉館もせずに完遂出来たのは王立中央図書館の職員のレベルの高さ故だ。

 これで蔵書目録の開示はクリアしたので、次の段階、図書館を介して本を貸借出来るような仕組み作りの策定だ。

 策定会議を開くにあたって中央図書館側から出向いてくれることになったので、二階の会議室を借りセッティングして出迎えるとそこにはカウリング卿とべンフィールド卿を含め5人の職員が。


「会議に参加されるみなさんですね。えっと・・・」

「すまないな。どうしても会議に参加したいというのでな」


 それは、品定めされているということですかとは聞けなかったが、いきなり今までと違うことを始めようと思えば反対意見が出るのは当然だ。あからさまに出なくても反発心を持つ者もいるだろう。

 下手したらこの会議次第では今後の進行に大きく関わってくるかもしれないと思うと、途端にきっちりやらないとという気持ちになっていた。


 てっきり館長と副館長だけだと思っていてそこまで椅子と机を用意していなかった。楓が慌てて用意すると他の人も一緒に手伝いはじめる。


「すみません。用意が悪くて」


 楓と一緒にテーブルを持ってくれたのは、職員の中でも古株だというのアルバートだった。


「いえ、こちらが連絡しなかったのでしょう。大変申し訳ありません」


 笑い皺のある物腰の柔らかいおじいちゃんだった。机を運びセッティングが終わり、やっと席につく。

 今回会議の進行役は楓に任されることになった。会議の進行なんてしたことないと言うと、文書管理担当が進行用のレジュメのテンプレートをくれたのでそれをもとに今日までに用意していた。


「改めまして、今回は足を運んでいただき大変ありがとうございます。今回の議題は事前にご連絡させていただいた通り、図書館間の本の貸借の仕組み・ルール作りです。この取り組みは、利用者の要望に応えるため図書館間で本の貸借をするものです。かといって、先日無理を言った私が言えることではありませんが、図書館職員の負担になってはいけません。そのことに考慮しながら、策定していきたいと思っております。施行後も不具合があれば議論し、柔軟に対応していければと考えておりますので、よろしくお願いします」


 レジュメを一気に読み上げると、全員を見回し異議がないか確認する。


「それでは、議題の中身に入りたいと思います。まず、この取り組みの名称ですが相互貸借ということにするのはいかがでしょうか。双方向に貸出があるので・・・」


 建前上そういったが、本当は日本の職場でそう言っていたからだった。


「いいだろう。分かりやすくていい」


 他の人も発言はしないが頷いたり同意している様子を見て、話を先に進める。


「それでは、これからは相互貸借とさせていただきます。続いてルールなのですが、まず先にこちらが思いついたものをいくつかあげさせて頂きますね」


 これも日本の図書館で働いていた時のルールを参考に、考えたものを隣に用意していた黒板に書き出した。

 ・送料は相互負担とする。

 ・利用者の貸出期間を含め4週間を貸出期間とする。

 ・貸出は自館の利用者を優先とする。

 ・汚損破損については所蔵館に相談のもと対処を決める。

 書き終わると席に戻る。


「これは必要ないというものや付け加えた方がいいというものを話し合っていきたいと思っています」

「付け加えるところも必要のないところもないように見えるが・・・。どうかね?」


 カウリング卿がべンフィールド卿に話を振ると、やや考え込んでいたべンフィールド卿がおずおずと話し始める。


「そう、ですね。貸出期間を4週間とするというのは、距離に関わらずでしょうか。移動手段にもよりますが、遠くの図書館とこの相互貸借をしようと思った時にはどのように対応しましょう」

「それでは、4週間の前に基本と付け加えて実態に合わせて対応できるようにしましょうか」


 手元のノートに改善点を書き入れる。そこで、なにか気になったのかノートに鉛筆をトントンと叩きながら考えはじめ、そうしているうちに突然思いついたように、あ!と声を上げた。


「あとここでもう一つ、相互貸借の優先範囲も決める必要が出てきましたね」

「優先範囲ですか?」

「ええ。例えば相互貸借で借りたい本があったとして、いきなり大きい遠くの図書館に依頼をかけるのではなく、近隣の図書館でローリングをかけて対応できる館がなければ範囲を広げるようにすると、大きい図書館の方が資料が揃っているからといたずらに依頼が集中することや、それに対応した時の送料の軽減が図れると思います」

「なるほど!」

「そのためには地方の中の小都市から都市、国全体といったように範囲を定め基準を設ける必要もありますが、それは他の館も増えた時に改めて考えましょう」

「それはぜひ文言に入れよう」


 カウリング卿のGOが出たのでこれもノートに書き留める。


「他に、君たちもなにか気がついたことはないかね」

「恐れながら、発言してもよろしいですか」


 カウリング卿が職員を見遣るとアルバートが手をあげた。アルバート以下職員は庶民の出身で、正式な会議などの場では発言を許された時にしか貴族に話すということはできないのだ。


「失念していました。カウリング卿、べンフィールド卿、この会議の場では皆さん対等に話すことをお許し頂けますでしょうか」


 楓が尋ねると2人は快く了承してくれた。


「お2人の了承は得られましたので、許可の有無は気になさらずご発言ください。特に私のような若輩には部下に話すように話していただいてかまいませんので、どうぞご意見聞かせてください」


 そう冗談を飛ばすと、アルバートは困った顔をして笑う。


「貴族様に出来ませんよ、そんなこと」

「あら、それは残念です」


 悪戯っぽく言うと、今度はニヤリと笑うだけでなにも言わなかった。


「では改めまして、アルバートさんどうぞ」

「はい、貸出の優先順位について質問があります。人気のある本については予約がたくさん入りますが、それについてはどのように考えたらよろしいでしょうか」


 貸出が故に人気本で予約がたくさん入ると自館だけでも捌くのが大変だ。場合によっては複本を用意して対応したりするが、露骨に複本を増やせば出版社から訴えられかねないのでせいぜい1〜2冊が限度。その上他館からも依頼がくれば、なおさら対応に苦慮することになることを心配しての質問だった。


「なるほど、頻繁に予約が入る本についての対象は場合にもよりますが、2つ考えられます。1つは予約は随時入るけれど、予約待ちの人数が比較的少ない場合は通常の予約を受けるのと同じように順番に加える対応でいいと思います。おそらく心配しておられるのはこちらだと思いますが、予約待ちの人数が多い場合どうするかということかと思います。この場合は、完全に自館を優先してもいいと思います。つまり、依頼を断る形を取るということですね」

「それでは依頼した図書館は困ってしまうのではありませんか?」


 本を求める利用者が本に行き着くため仕組みだというのに、なぜ断る形を取るのかアルバートには理解できなかった。


「そうですね。ですが、依頼された図書館も図書館で利用者との信頼関係を守らなければなりません。先ほども触れましたが、他館に貸し出せば基本的に4週間貸出ができないことになります。本来なら2人の予約者に貸出出来るところをその分圧迫してしまいますが、その場合予約を待つ利用者はどう考えるでしょうか」

「ずいぶん遅いものだと思うでしょう」

「ええ、それから予約を取り消す人もいるでしょう。図書館の職員にいつ借りられるんだと詰め寄る人もいるでしょう。それを繰り返した先には不信感を抱き図書館を利用してくれなくなってしまうというリスクがあるわけです」


 アルバートにとって利用者がそのように思うとは盲点だった。しかし、言われてみると利用者の信頼がそのように変異するだろうことは予想に固くない。


「なるほど。結果的に利用者との信頼関係が揺らいでしまうということですね」

「その通りです。予約待ちが多い本は自館を優先し、比較的余裕がある場合には協力するということでいいのではないかと考えています」

「よく分かりました。ご説明ありがとうございます」


 アルバートは深く頭を下げる。楓は適切に伝わるか気をつけながら話していたが、ちゃんと伝わって良かったと胸を撫で下ろした。

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