第21話 髪飾りは誰のもの
青の月の半ばに差し掛かったころ、いつも通り図書館内で本を探すためカウンターで蔵書目録を確認していると、珍しい人がきた。シャルロットだ。
「ご機嫌よう」
「こんにちは」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
挨拶はしたものの、なぜか無言になる2人。シャルロットは図書館に用事があるはずなのにカウンターから離れず、そんなシャルロットに困惑する楓が睨み合いになっていた。
「どうぞ館内ご自由に御覧ください」
「え、あ、そうね。そうさせてもらうわ」
楓に促されてようやく館内を歩き始めるシャルロットに違和感を感じずにはいられなかったが、楓も仕事をしないといけないので中断していた蔵書目録の確認を済ませた後棚に本を探しに行く。
すると楓が棚に入ったのを確認していたかのように、入れ違いでシャルロットは図書館を出ていった。特に本を探していた訳ではないようで、その様子に強い違和感を感じた。
「一体なんだったんだろう」
楓がカウンターに戻ると、先ほどはなかった髪飾りがカウンターの側に落ちていた。綺麗な銀細工の髪飾りで、宝石なのかガラスなのかわからないが綺麗な深いグリーンの石が埋め込まれている。
ちょうどそこに少し慌てた様子でレオンが図書館に入ってきた。
「城の入り口でシャルロット嬢を見かけたが、ここに来たのか」
「はい、お見えでした。それで多分これを落としていかれました」
「ん?」
楓が指差す方向には先ほど見つけた髪飾りがある。
「これか」
「ええ、これです。図書館に来たかと思ったら私に挨拶だけして突っ立っていて、促してやっと館内をぶらっとしたかと思ったらすぐ出ていったんですよね。どうしたのかと思って戻ってきたら、これがありました」
「郵送で送ることもできるが・・・」
「そうしたいところなんですけど、確実に彼女のものか分からない上に、過去2回の件を考えると下手に触るのも怖いというか・・・。とりあえずは落とし物コーナーに置こうかと・・・」
「ああ、この間作ってもらったあれか」
そう、最近利用する人が増えてきて落とし物や忘れ物が増えてきていたので、ディスプレイ型の棚を配置するようになった。勝手に持っていかれないように、正面にはガラスがはめれているものを特注で作ってもらった。
2人が髪飾りの対処について相談していると、
バタン!
扉が勢いよく開き憲兵が数人雪崩込み、後ろからシャルロットが涙を零しながらよろよろと入ってきた。
「その人です!私の髪飾りを盗んだのはその女です!!」
シャルロットの訴えに憲兵が楓を取り囲もうとすると、レオンが前に立ち塞がった。
「邪魔しないで頂きたい」
「君たちは証拠もなく連行しようと言うのか?」
「証拠だと?そんなものはその女を調べれば!」
「ところで、彼女のいう髪飾りとはそこにある髪飾りのことか?」
いきり立つ憲兵にレオンが床に落ちている髪飾りを指すと、シャルロットと憲兵たちがいっせいに指差す方へ振り返る。髪飾りが目に入ると憲兵たちは困惑し、シャルロットはとても驚いて一瞬言葉に詰まった。拾っていないことを想定していなかったのだろう。それでもなんとか気持ちを持ち直し、悲劇のヒロインの演技を再開する。
「あ、あれです!盗まれたはずの髪飾りがなんであんなところに!?」
「落とし物だ」
「はあ、あの髪飾りは落とし物だとおっしゃるのですか?」
「その通りだ」
楓もこのラリーに入ろうと何回かトライするが、全てレオンに一歩先をいかれて全く入れない。ここは彼女の扱いに慣れている(?)レオンにお願いして、必要なところだけにしておこう。と様子を見守ることにした。
「そんな!」
「そもそも、君が盗まれたと思ったのはなぜだ?」
「え!?あの、その、そうよ!図書館に来る前にはあったのに、出た後には無くなっていましたわ!その間に会ったのはこの女だけ。きっと私の髪飾りが素晴らしいから欲しくなってしまったんですわ!」
それを聞いたレオンは楓を振り返る。
「ということだが?」
あ、私のターンですかと自分を指差し確認すると、レオンは早く話せと言いたそうな顔で促す。
「髪飾りはいつのまにか落とすので全く興味ありません。それに、欲しいものは自分で買います」
楓は全身をアーキュエイトの服とエプロンで身を包み、中指で光る重ね付けされた華奢で細身なシルバーの指輪は楓の指の細さを際立たせていた。
アーキュエイトは王宮からの信頼が厚くブランド価値が高いため、アーキュエイトの服を身につけられるということは一種のステータスだった。加えて指輪も細いデザインは技術的に難しいものを無理を言って作ってもらったのだ。もちろん、こちらの指輪も安くはない。
所蔵目録を作成していたときにあまりの忙しさに心が折れそうだったので、終わったら大きな買い物をすることを励みに乗り切り、購入したのがこの指輪だった。
幸い、アーキュエイトからのデザイン協力料がたまっていたので払うことができた。
「なる、ほど」
男性はファッションに疎いかと思いきや、アーキュエイトは男性物が多いためきちんとした装いを求めるならアーキュエイト、とはみんな知っていることだった。キチンと服の一部にアーキュエイトのデザインだと一目でもわかるよう刺繍が施されているため、それを確認したのだろう。ちなみに、アーキュエイトは全てオーダーメイドなのでこちらも決して安くない。そのことを知っている憲兵は困惑していて、シャルロットも同様の様子だった。
「さて、本当に彼女が盗んだと言い切れるか?シャルロット嬢」
「え、でも、わたくし・・・」
「うおっほん!もしかして、ただの勘違いだったのではありませんかな」
レオンにきつく詰め寄られて言葉に詰まるシャルロットに見かねて、1人の憲兵が助け舟を出す。
さすがにこれだけ窮地に立たされて乗らない馬鹿ではなかったようだ。ハッとした顔をすると言い訳をはじめた。
「そ、そうですわ!勘違いだったみたい。ご、ごめん遊ばせ!」
さっきのヨロヨロとした様子はなんだったのかと思うほど元気にツカツカとヒールを鳴らし髪飾りを拾うと、何事もなかったかのようにツカツカと図書館を出て行った。
「一体なんだったんでしょうか」
「「「「さあ」」」」
憲兵はみなさん顔を見合わせて退散していった。残された2人はハイタッチで勝利を祝い、レオンにはよくやったと褒められた。どうやらファッション自慢が効いたらしい。アーキュエイトのようなブランド物を自分で購入しているとは思わなかったんだろうと。そこに行き着かないあたり、さすがお嬢様だと楓は感心してしまった。
⌘⌘⌘⌘⌘⌘
アーキュエイトの休憩中にはよく雑談をして盛り上がっていた。そして今日の話題の中心は、盗人濡れ衣事件だ。
「拾ってなくてよかったですよ。私盗人扱いされるところだったんですから」
「グットタイミングで憲兵たちを連れてきたのね」
シャルロットの爪の甘さに笑いが堪えられないみたいで、ロゼッタは吹き出していた。
「でも意外だったのは楓が言う方だってことね」
デヴォラが驚くのも無理はない。確かに今までそんなに意見したりとかはなかった。それはそもそもする必要がないからで、悪意が向けられて大人しくやられてあげるほど優しくはない。
「自衛はしないと」
「たしかにカウンターをくらうと思わなかっただろうからびっくりしただろうよ。どうやら立場が同じ貴族だって知らないみたいだし、庶民が牙剥くなんて想像もしてないだろうしね」
「憲兵さんの助け舟に泡食ってのってましたからね」
「居合わせたかったわ〜。お城の図書館なんていけないよね〜残念」
デヴォラが悔しそうな顔をしていると、休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。
「さ、仕事再開よ」
「「はーい」」
ロゼッタが手をパンっと叩くとデスクの戻っていったので、楓とデヴォラも仕事に戻った。
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