第20話 新たな試み

姿勢を改めて、説明することをまとめるのに少し黙って考えて、それから話し始める。


「私が考えている改善案は確実に業務量が増えます。当然職員の負担も増えることとなりますが、それでも、本当に庶民の利用率あげたいですか?」

「図書館は税金で運営されている以上、全ての国民が使えなければならないと思っている。それにまた、何年も議題に上がっているのにもかかわらず解決出来ないという繰り返しをしたくはない」

「そうですね。職員には我々から説明して上手く分担できるよう促します」


 業務負担が増えた時、最悪の事態として考えられるのは上司が他人事で現状を理解していないことだ。一度不満が生じてしまえば、立て直すのが大変になる。楓が心配しているのはそこだったが、この2人が覚悟を決めてくれるならと改めて説明のためノートにペンを走らせた。


「それでは、私もその方向でお話しさせていただきます。先ほどの続きになりますが、まず、蔵書目録といっていますが、本のタイトルと本の内容に関わるいくつかの項目をまとめた一覧を作成することから始めましょう」

「承知した」


 蔵書目録作成→協力先の確保→蔵書目録の開示と、進むべき手順を書くと、さらに説明を進める。


「今後の流れとしましては、蔵書目録を開示して各図書館の蔵書を確認し、それらを図書館間で借りることができる仕組み造りをします。そうすることで他の図書館にいく必要がなくなるなど、利便性が上がります。つまり、時間やお金がネックだった庶民の利用率は上がります」

「ふむ」


 いまいち反応がよくない。今までやったことがなくてイメージが付きづらいということもあるが、いままで交流のなかった図書館間に新たに繋がりを作るというのは、この流れで一番大変だ。それでも、庶民の利用率を上げるには利便性を上げるという手段は避けられない。


「そのためにはとにかく賛同してくれる所を増やしていかなければなりません。ただ、早急に動こうとすると現場への負担がより増えてしまいますから、一つずつ、着実にやっていきましょう。私もできる限りお手伝いします。ということで、まずは、私の担当している城内図書館と協力関係を結びましょう」

「なるほど!それで試運転するということだな!」


 カウリング卿は手をパンッと合わせ握ると目を輝かせた。いきなり他の図書館と協力体制を持つより先に一度試せると安心したようだ。


「はい。やってみてノウハウが身につけば、他の図書館と協力体制を結ぶときにも進み方が違うと思います」

「いきなり他の図書館とするよりも心強いですね」

「それでは、蔵書目録の項目については城内図書館で作ったもののコピーを差し上げますのでそちらを参考にして頂いて、蔵書目録ができたら協定を結びましょう」

「よろしくお願いします」


 ノートをカバンにしまうとカウリング卿とベンフィールド卿が立ち上がり、握手を交わして応接室を出た。

 帰りがけザーッと本棚を見たとき、大きな問題を発見した。


「そういえばこの国では本を分類してないんだった・・・」


 本の著者名の頭文字順で本が並べられている点は城内図書館よりはマシだ。でも、棚を見たときに関連した本に行き当たらない可能性が高くなるので、必要な情報得られにくいと言える。


「ここからか・・・。なんて言おう・・・」


 目頭を揉み、悩む楓の姿が職員によって目撃されていた。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


 王立中央図書館と協力体制を結ぶため、文書管理担当に相談しに行くと思いがけない知らせがあった。


「王立中央図書館のカウリング卿から、君を監修者として図書館運営に携わってほしいとの要請があった」

「はい?」


 文書管理担当で珍しく席に案内されるので一体どうしたのだろうかと思っていたら、なんでそんな話になったのか。


「協力を仰いでいるのではなく、監修ですか?」

「ああ、君の提言に全面的に従うとあったが」

「どうしてそういうことに・・・」


 楓が項垂れるとレオンが一通の通知文書を出した。


「向こうから送られてきた文書だ」

「拝見します」


 通知文書に目を通すと、職員会議での協議の結果、職員の総意により要請するものであります。と書かれていた。やはりどういうことかよく分からずレオンを見る。


「以前より図書館は上層部と職員との身分差による問題を抱えていた。それは中央図書館だけに限らないことだが、今回副館長に庶民出身の者が着いたことで一気に状況が変わり、職員が意見を述べやすい環境に変わりつつあったらしい」

「ええ、この間伺ったときにもその問題については聞きました」

「それが、今回同じ庶民出身の君が問題提起したことでより加速したらしい」

「なるほど。でもだからってどうして監修者に?」

「それは私から説明しよう」


 振り返ると燕尾服風の正装を着たカウリング卿が立っていた。恭しくお辞儀をすると、失礼しますと断りを入れレオンの隣に腰掛けた。


「以前受けた提案を職員会議にかけた。これは、全職員が出席するものだ。最初はうんともすんとも反応がなかったが、副館長から君の説明を受けた途端、皆が皆以前より感じていた意見を少しだが吐き出すようになった。庶民出身の君が臆せず意見していることに発奮されたのだろう」

「監修者の話はどこから出たんですか」

「それは職員からだ。君の提案が的確だったということもあるが、君が職員の負担まで考え発言していたことに信頼を寄せる者が多くいた。それに、君の勢いに乗ってしまいたい気持ちもあるのだろう。多少反対するものもいたが、最終的には多数決で決まった」


 つまり、言いにくいことを言ってくれる人がいると助かるということだろうか。いや、それだけ職員の共感を得られたと思っておこう。利用しようと思われてるなら、それなりに無茶も通せるというものだ。


「状況は分かりました。私の提言に全面的に従うということでしたが?」

「ああ。そこについても職員会議で決まったことだ」

「そうですか。でも、本当に無理なことは言ってくださいね。現場の不満が爆発してしまったらもとも子もありませんから」

「では、受けてくれるということか!」

「はい、お受けいたします。ということでいいでしょうか」


 一応レオンにも確認を取る。


「いいだろう。文書管理担当も出来る限りサポートしよう」

「それはほんとにお願いします」

「では、受けていただいたということでこちらも対応させて頂く」


 カウリング卿は一枚の紙を出す。レオンが確認すると、楓にも見せてくれた。監修者になることに関する注意事項が記されていた。下の方にはそれぞれの記名をする欄もある。


「内容を確認したらサインをお願いしたい」

「もうこんな物まで用意していたんですね」

「これがないとあなたの監修によって動いているという根拠がなくなり、現場の職員の意識が変わってしまうのだ」


 知らないところでどれだけ期待されているのか末恐ろしくなった。

 カウリング卿に促され、一応レオンにも確認した上で記名する。紙を返すと今度はカウリング卿が記名する。


「これで、職員にもよい報告が出来る。これからよろしく頼む」

「出来る限りお力になれるよう努力します」


 やっと落ち着いたのに、また忙しくなりそうだと覚悟決めることになった。

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