第18話 本の修理
新年度、コデックス社との契約を無事に終了し、修理の委託が開始した。今日は開始するにあたって修理の勉強もかねて修理担当を見学させてもらうことになっていたので、コデックス社を訪問している。
以前飲み屋で会い、契約の担当もしてくれたドミニク・パートリッジが今回担当部署を案内してくれることになった。
「今日はよろしくお願いします」
「よろしく。早速こちらへどうぞ」
建物の2階ヘあがった奥にある部署内のデスクでは、依頼した本を修理する職人たちが器用かつ丁寧に本をバラしていた。1冊分の修理が終わるまで作業を観察すると、今度は部屋のあちこちには修理に使う道具を見せてもらう。
「やはり器具が豊富ですね。のりを塗るハケや、あの細い棒は‘’のど‘’に裏に差し込むためのものですよね?とにかく道具の種類が多い」
‘’のど‘’とは、表紙を開いたすぐの見開き部分にある本の部位の名前だ。
「そりゃあ、本職だからね。君も本の修理するのかい?」
今回委託の予算をつけてもらうにあたって、委託料は一冊あたりで決まっていて歩合制のようなものだった。予算を出来る限り圧迫しないためにも急がない本は数に含まずに予算要求をしていた。
「ええ、今年必要な資料以外は私が修理します。でもまだ道具が揃ってなくて」
リサーチはしていたもののコデックス社の契約を優先していて修理道具を集めきるまでに至っておらず、揃えたい道具はまだまだたくさんあった。
「物によっては取扱業者を紹介できるけど」
「実は、製本のり、糸と針、寒冷紗がなくて」
寒冷紗は本をバラした後に再度一つにするために使う。ガーゼの様な見た目をしていて、修理には必要不可欠な用具だ。
「なるほど、それなら紹介できるよ。必要な道具と数を紙に書いてくれるかい?僕から依頼して城に届くようにしておく。そのあとは自分で注文してね」
「わかりました」
楓はスケジュール帳のメモ欄に急いで必要なものを書いて破り、ドミニクに渡す。
「よろしくお願いします」
ドミニクはメモの内容を確認すると、手に持っていた委託関係の書類と一緒にまとめた。
「任せて。今日早速連絡しておくよ。じゃあ、奥の器具も見てみるかい?」
「はい、ありがとうございます」
楓は作業をしている部署の人たちにも挨拶すると、ドミニクと一緒に退出した。そのあと奥に置かれた裁断機や本を固定するプレス機を見せてもらうと、そこで見学は終了となった。
王都の修理がどんな器具を使って行われているかが分かり、図書館にも導入出来そうなものもいくつかあった。それをメモ帳に書き込むと、数ページにも及んだ。
見学が終わりドミニクと別れコデックス社を出ると、文房具屋によって修理に必要な定規や色画用紙などを購入する。これで今よりも修理が出来るようになると期待に胸を膨らませていた。
⌘⌘⌘⌘⌘⌘
後日ドミニクが手配してくれたおかげでお城の方に修理道具が届いた。早速、図書館に誰もいない時間帯にその道具を使って修理を開始した。
この日のために、廃棄する事務机を譲ってもらい、それをカウンターの中に作業台として用意した。廃棄する事務机はいくつかあったが、修理道具が収納できるよう右手側に引き出しのあるものを選んだ。深めの引き出しもあるので、カッター板がわりの板なども入るようになっている。
「さ、やりますか!」
作業台の前に腰をかけ腕まくりをすると、1冊の本を手に取った。
この図書館にある公文書の中で、ページ数の少ないものは絵本のように一枚の紙を半分に折って折り目を糸で縫う製本の仕方をしていて、ページ数の多いものは文庫本のように製本のりで固めた製本の仕方をしている。
今から修理していくのは前者で、ページ引っ張って取ったの?と思うような破損の仕方をしていた。
「結構消耗しているなあ。なんでこんなになるんだろう」
まずは小さいナイフを使って表紙と呼ばれる部分と本文(本の内容の部分)とを切り離す。本を切る瞬間が一番緊張する。修理が新たな破損にならないよう気を付けなければならないというプレッシャーは大きい。
次に本文から糸を全て取ると、破れているページを直しつつ補強していく。
「本の扱い方についても張り紙した方がいいかな〜」
今まで図書館の利用の仕方は張り紙したりして周知していたが、そういったことはまとめたことがなかった。張り紙もいいけど、図書館通信を発行するのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、手元では次の作業へ移っていく。ページの一番最初と最後の一枚を糸で縫うために加工して針を刺す場所に印を付け目打ちで打ったら、本の高さの3倍の長さに切った糸を針に通して本を縫っていく。
「〜♪」
以前働いていた図書館でもしていた手慣れた作業なので人がいないということもあり、ついつい鼻歌が出てしまう。
紙に針を通しながら、途中途中で緩まないように且つ紙を破ってしまわないよう気を付けながらクックッと糸を引く。
本を縫い終わり背表紙側に当たる部分に寒冷紗をのりでつけると、さらに表紙と今縫った本文をのりでくっつける。この作業が本にナイフを入れる作業の次に緊張する。ズレて接着してしまわないように気を付けながら行わなくてはいけないからだ。ここで失敗すると取り返しがつかない。たまに上下を逆にしてしまう時もあるので間違いないか2度3度確認する。この作業が済めばあとはのりがついて欲しくない場所に剥離紙を入れて、のりが完全に乾かすために1日放置するだけ。
「これで、よしと。はい次!」
この工程を繰り返し、今日は全部で4冊できた。修理がうまくいったかどうかは明日のお楽しみだ。この他にも軽度の修理も何冊か終わらせてこの日は修理だけで1日が終わった。
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