第19話 王立中央図書館

 図書館の仕事は大きく資料の収集、貸出、利用相談の三つに分けられる。それは、日本では戦後制定された図書館法や、日本図書館協会で定められた「図書館の自由を守るための宣言」に基づき行われている。

 しかし、今楓のいるセントパンクラス国ではそういったものは全くなく、その運営は各図書館の長が定めた方針によるため、図書館によってバラツキがあるのが現状だ。

 今まで共通の方向性を持って近隣の図書館と協力しながら働いてきた楓にとっては、そういった状況は少し違和感を感じてしまうが、そういったことをこの国の現場の職員はどう感じているんだろうか。そう興味を持った楓は王立中央図書館へ面会の申し出を文書管理担当を通じて出すと、すぐに会ってもらえることになった。





 王立中央図書館はアーキュエイトと広場を挟んで反対側にあるレンガの壁が特徴的な大きい図書館だ。

 カウンターで用向きを言うと事務所の中の応接室へ通された。案内してくれた人が退出するのと入れ違いで2人の男性が部屋に入ってくる。


「館長のリオン・カウリングだ」

「副館長のジェイコブ・ベンフィールドです」

「王立城内図書館担当のカエデ・ガーランドです」


 白髪まじりの栗梅色の髪をワックスで固めオールバックにしている彼はカウリング子爵家の次男、リオン・カウリング卿、竜胆色髪を後ろでくくっっているのはジェイコブ・ベンフィールド卿、楓と同じく功績を認められた男爵となった新生男爵だ。それぞれと握手を交わすと席につく。


「本日はお時間を割いていただき誠に有り難うございます。お話しさせて頂くにあったってメモを取らせていただいてもよろしいでしょうか」

「どうぞ。図書館の現状をお知りになりたいとのことだったが」

「気になっていることは、図書館間の協力体制についてです」

「図書館間の、協力体制か」


 図書館で見た王立中央図書館の資料を見た限り図書館同士の図書館資料の貸出など、他の図書館との接点は見受けられなかった。


「協力することがあるかね」


率直に疑問に感じた様子で話すカウリング卿に、楓はこれは余計な心配だったかと思い始めた。だが、もう少しだけ確かめたいことがあった。


「例えば、他の図書館を通じて利用者の要求する本を貸し出すことなどはありますか?」

「何のためにするんだ?必要であればその図書館に行くだろう」


 たしかに、貴族であればそうできるだろう。家に言えば馬車や馬を出してくれるし、自分がいけなければ使いを出せばいい。しかし、庶民はどうだろうか。馬を持たないものは乗合馬車に乗ったり、それすらもなければ自分で馬車や馬を借りたりしなければならない。そういったお金もなければ、自分の行ける図書館で満足するしかない。


「そう、ですか・・・」


 この国ではそれが普通だった。ところが、ベンフィールド卿をちらりと見ると口を一文字に引き、目を伏せている。これは思うところがありそうだ。


「ベンフィールド卿はどのように思われますか」

「わ、私ですか」


 指名され戸惑いパッと一瞬上司であるカウリング卿を見る。視線に気づいたカウリング卿がああ、と何かに気づいたようだった。


「ベンフィールド君、着任したばかりで気を使うのもわかるが気がついたことがあれば教えて欲しいと最初に伝えたと思う。遠慮なく言ってくれ」


 城内図書館に所蔵されている職員録によると、彼が副館長として着任したのは今年度のことだ。


「私は以前までは庶民でしたので、知人にも庶民が多くいます。そういった知人たちにとって図書館というのは身近でありません」

「たしかに庶民の利用は少ないな」


 現在王立中央図書館の利用者は年寄りか貴族が大きな割合を占めていて、全体的に見た時に庶民は利用がほとんどない。


「それは、本を探すほど時間がないから、そこに時間を割くことをもったいないと感じるからではありませんか」

「そうです」


 楓が尋ねるとベンフィールド卿は大きく頷くと、少し間を置いて頭の中を整理しながらまた話し出した。


「私は図書館の利用の仕方を理解してますから教えたりしていますが、欲しい本に行き当たれなかったら時間の無駄だと思う者も多く、他の図書館に行ってまで本を探すほど時間に余裕がないのです」

「次の図書館で見つかる保証はありませんからね」

「そうか、以前から庶民の利用率の悪さは問題になっていたが、それが理由だったのだな」


 どこの世界でも同じ問題を抱えているのかと楓は驚いた。日本でも、働き始めると忙しくて図書館を利用できなくなり、その年代の利用率が落ちるということが問題になっている。開館時間の延長など、様々な対策を講じているが労働環境などの社会的背景もあるため、なかなか解消されない根強い問題だ。


「それは職員間の会議などで議題に上がった事はありますか」

「あるにはあるが、彼の前の副館長も私も貴族だということもあって下のものはあまり意見を出したがらず、解決に至らなかったというのが現状だ。前副館長が定年ということになり、思い切って彼を副館長に引き上げた」


 貴族相手に意見して不敬だと言われてしまえば、最悪家族にも迷惑がかかるかもしれない。とてもじゃないけど意見はし辛い。


「なるほど。中央図書館としては、改善したいと思いますか?

「もちろんだ」

「では、やはり図書館間の協力体制は不可欠だと思います」


 楓は手元のノートに図を書きはじめた。それをカウリング卿とベンフィールド卿が覗き込む。


「まず、蔵書目録を各図書館開示し、毎月かあるいは期間を決めて定期的に通知します」

「蔵書目録というのはなんだ?」

「所蔵している本の一覧はありますか?」

「ありません」

「こ、こ、も、か・・・!」


 まさかここもだとは。驚きのあまり楓は固まり、そして、数ヶ月前の悪夢を思い出して机に突っ伏す。これは一筋縄ではいかない予感がした。


「あの、ガーランド卿?」

「どうしたんだ」

「いえ、取り乱しまして申し訳ありません」


 バッと体を起こし姿勢を正すと、2人をじっと見る。この人たちが本当に真面目に現状を変えたいと思うのか、事はそれ次第だ。

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