第17話 ズボンが履きたい!(怒

 2回に及ぶシャルロット嬢の攻撃に楓はついに面倒臭くなってきていて、彼女がちょっかいかけて来られなくなるような何かがないか調べるようになっていた。


「んー、4年前に財務にいて、次の年が農政、その次の年が・・・?」


 図書館でシャルロット嬢の父親、マーク・キャンベル卿について調べていると、彼は1年ごとに部署を異動していることがわかった。通常4〜5年は1つの部署で勤めて異動になることが多い。よっぽどの事情がない限り1年で移動し続けるなんてことは考えられない。

 残念ながら図書館の資料でわかるのはこのくらいだった。もっと情報が欲しいところだ。

 時間外で調べていたので書庫から出て帰り支度して図書館を出ると、ちょうどモートン侯爵が階段を降りてきていた。楓に気付くとおう、と手をあげそのまま腕時計を確認する。


「お嬢さん今帰りか?」

「ええ、ちょっと調べ物を」


 単純に仕事をしていたと思われたようで、お疲れさんと労われた。


「そういえばこの間の補正通ったぞ」

「ほんとですか!ありがとうございます!すぐにコデックス社と契約の準備しないと」


早速スケジュール帳のタスク欄に書き込んだ。これで契約が済めば修理本の問題は解決したに等しい。


「おー、進めろ進めろ。そんで今度からは間に合うように出してくれ」

「本当にご迷惑おかけしました。今後はないよう気をつけます」

「あんなにキチッと詰めてくるやつあんまいないから面白かったけどな」

「恐縮です」


 あの時は予算がつかないと大変なことになるという焦りでいっぱいいっぱいだったことを思い出し、楓は苦笑いを浮かべていた。

はたとモートン侯爵ならキャンベル卿が財務担当にいたとき一緒に仕事をしたことがある可能性に気づく。


「あの、先日絡まれたキャンベル家のマーク・キャンベル卿って4年前に財務担当にいたと思うんですけど、なぜ1年で異動になったか知ってますか?」

「あ?・・・まぁ、あれだ。書類の凡ミスが多かったんだが、決定的なのは予算審査用の書類でミスしまくってそれが宰相に渡ったらしくて異動したな」


 書類の作成はタイプライターで打ち込み、それを複数枚必要とするときは輪転印刷機で印刷するという方法がこの国では一般的だ。


「それって内容確認しないんですか?」

「打ち出して確認回す前に印刷かけて配っちまったんだよ」

「ああ・・・・・・」


 娘も斜め上いっているが、父親も斜め上をいっているということはわかった。


「じゃ、気をつけて帰れよ」


 モートン侯爵は先に城を出ていった。楓も自転車に跨り家へ帰った。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘


 ここ最近作業をしていて大変なのが、スカートだ。この世界の洋服事情はおよそ19世紀前半くらい。女性はロングスカートというのがスタンダードだったため、本を運搬したり動き回るのにいちいち服を押さえたり、かかとで踏まないように気をつけたりしなければならず、かなり邪魔だった。

 そこでロゼッタさんに相談すると、新しいデザインとして作ってくれることになった。ただし、商品としても販売したいのでその辺を加味しながらということになった。


「ということは、男性のようなズボン履く訳にはいかないですね」

「ウケないでしょうね」


 楓は当初スキニーパンツが欲しいと思っていたが、女性がズボンを履くと言うと自体に抵抗がある以上、商品にするのは難しい。さらにこの世界にはチャックがないのでそれも踏まえるともっと難しい。となると。


「じゃあ、まずはスカートに見えるズボンってどうですか?」


 ズボンがダメならスカーチョはどうだと提案すると、ロゼッタは目を輝かせてデザインを書き始めた。

 ひらひらとした生地でシルエットがスカートに見えるようにかつボトムスになるようアドバイスする。しばらくすると納得いくものが出来たようで、鼻息荒く作業場へ駆け込んだ。

 縫製担当のロゼッタの息子たちにデザイン画を見せるとこれが女性もの?と訝しい顔をしているが、ロゼッタに言われるがまま生地を切り縫製を始める。


「出来たよ、店長」


 出来上がったものを見てみると、それはまさに楓が求めてるものだった。早速試着するが、立ち姿はちゃんとスカートにも見えるし、屈んでもスカートのように広がらないのでかかとで踏んでしまう可能性も前よりかは少なくなった。腰はゴムが入っているので、脱ぎ着も簡単だ。


「すごくいいです!断然動きやすくなりました!」

「思ったよりもスカートにも見えるわね」


 ロゼッタは遠くから見てみたり、生地を持ってヒラヒラと動かしてみたりしながら

 仕上がりを確認している。


「これなら悪くないですよね?」

「これで売り出してみましょ」


 今回できたものは試作品として貰えることになり、後日カジュアル志向で運営している姉妹店の店頭に女性用ズボンとして展示された。最初はまっっったく売れなかったが、アーキュエイトの店員が着ていたりいくつかのお店の女性店員が履き始めたことで、その機能性に気づいたママさん世代が飛びついた。

 さらに、もともと農業に従事している女性は男性のズボンを長さ調整をして履いていたらしく、そういった女性の他所行き用として購入するという例も多かった。そのおかげで、1ヶ月後には見込みにはギリ届かないものの利益は出せるくらいにはなった。


「全く売り上げゼロじゃなくてよかったです」

「全然売れないことも考えたけどね」

「女性らしくないっていう男性の声はやっぱりありますからね」


 そう、働く女性には好評だったが男性には不評だった。一見スカートには見えるがやはり女性がズボンを履くということ自体に抵抗を感じるらしい。


「でも、女性にだって機能的に着る権利もおしゃれに着る権利もありますよね」

「そりゃあそうさ!そのために私がいるんだから!」


 ロゼッタは拳で胸をドンと叩くと、さあ、仕事仕事!と作業場に入っていった。楓の考え方はけしてこの国の一般論ではないだろうに、ロゼッタはそれを受け止めてくれる。


「すごいなあ」


 この他、色違いに何着かとスカーチョに合いそうなブラウスを何着か作ってもらったおかげで、図書館での仕事がかなり捗った。ただし、自転車に乗ったときに巻き込みかけたので、以来ヘアゴムで留めてから乗るようになった。

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