第6話 お城へお使い

 アーキュエイトで働き始めて1年が経ち、仕事にも職場にもすっかり慣れてきて、この国のこともわかってきた。このセントパンクラス王国はウエルダー国とクランプ帝国に挟まれた国で、産業の発達や労働の感覚的には日本よりも後進的だ。汽車がなく馬車が交通手段の主流で、女性は結婚すれば家庭に入るといったことがここでは普通だった。結婚しても働くなんて家庭を大事にしていないとみなされる。出来る仕事も女性は限られていた。

 日にちの感覚は日本と違うのかと思ったがそうでもなく、曜日は7つあって、それを一週間として1ヶ月28日ある。曜日の呼称は金属に由来していて仕事が始まる日から水銀、銅、鉄、錫、鉛、そして一般的には休みとされる金、銀となっていた。1年は12の月に分かれていて、それぞれを色で表している。日本で言う1月から順に白、黄、黄緑、緑、水色、青、赤、橙、桃、茶、グレー、黒があてられ、〜の月という呼び方をする。

 ちなみに正式にアーキュエイトで働けることになった楓は、アーキュエイトから徒歩10分のところに家を借りて、今は自転車で通勤している。自転車はライトと変速がついてないけど、それ以外は普通のよく知る自転車の形と同じだった。


「カエデ、お昼どうする?」

「最近近くにできたお店のご飯食べにいこうかなと思って」

「今日は給料日だものね〜。一緒してもいい?」

「もちろん」


 マリアンとはとりあえず良好な関係を築いている。それは、おそらくロゼッタのおかげだ。なにか不満が出そうなところ、トラブルをいち早く察知して対処している場面が多々あった。そのおかげで、従業員同士のいざこざが起こりにくくなっている。楓が入ったばかりの時は、特に事務所内のことは気にかけてくれていた。


「前は事務職じゃなかったのね」

「そう。図書館で働いてたの」

「図書館??官職じゃない。あんなの男性がなる仕事じゃないの?」


 この世界では行政の仕事は官職とされていて、女性がいるのは後宮だけというのが

 一般的だった。


「たまたま人が足りなくて入ったって感じかな」

「そうだったんだ。うちと同じような感じだったんだ」


 食後のカフ(コーヒーのような飲み物)を飲み終えると、アーキュエイトへ戻った。するとロゼッタさんが出前のご飯を食べながら、書類を捌いていた。


「あ、カエデ。お使いお願いしたいんだけどいいかい」

「どちらまでですか」

「この箱をお城の女官係まで届けて頂戴」


 ロゼッタがデスクの横を指すので覗き込むと、両手で抱えるくらいの木箱があった。


「お城ですか。中には何が?」


 木箱の中身を軽く覗き込むと服が何着か入っている。


「縫製を頼まれてた女官用の仕事着よ。アーキュエイトのものですって言えば門番は通してくれるから」

「わかりました。もう休憩も終わるので行ってきますね」

「よろしくね〜」


 支度をして荷物を持つと自転車に跨る。王都とお城の門は橋でつながっていて、上から見ると眼鏡みたいに見える位置関係。そのためアーキュエイトからお城は少し離れていた。

 王都の中心にある広場を抜けて、お城の門の真正面の道を自転車で走る。門の前まで来ると、門番が2人警衛していた。


「用件は」

「アーキュエイトのものです。女官用の仕事着をお届けにあがりました」

「入れ」


 門番が右手に持っていた槍を地面に叩きつけると、今まで閉じられていた門が開いた

 。


「あの、女官係はどちらでしょうか」

「城内に入って正面に図書館がある。その図書館の前で右手に曲がると女官係だ」

「ありがとうございます」


 恐る恐る門を潜ると正面にお城の入り口があり門と建物と門の間には小さな噴水がある。そして左右には綺麗な庭園が広がっていた。きっと毎日手入れがされているんだろう。芝は青々と、花は鮮やかに色づき生き生きとしていた。庭園に見惚れつつ城内に入ると荘厳な図書館の扉が現れる。

 扉が少し開いていたのでチラリと図書館を覗くと、カウンターには誰もいなかった。

 門番に言われた通りに右手へ曲がった。少し進むと女性たちが作業している部屋がある。扉のないその部屋の入口から覗き、声をかける。


「あの、女官係はこちらでしょうか」

「何かご用ですか」


 女性は手を止め楓を見遣る。見慣れない人物の来訪に、口には出さないが目には「なんだこいつ」と書いてあるようだった。


「アーキュエイトから仕事着を届けにきたのですが」


 ようやく馴染みの用向きだったことに気づき女性は笑みを零す。


「ああ、私が受け取ります」

「それでは受け取りのサインをお願いします」


 カエデは紙と万年筆を差し出した。女性はささっとサインすると、紙と万年筆とを引き換えに荷物を渡す。すると女性は中身だけを出して箱をカエデに返してきた。


「箱は必要ありませんのでどうぞ」

「はい、それでは失礼します」

「ご苦労様でした」


 来た道を戻るとまた図書館の前へ出る。行きと同じく少し開いている扉を再び覗くと、ついつい気になってしまい今度は中まで入ってしまう。図書館は3階建の円形の構造になっていて、多くの資料を所蔵しているようだった。その大きさや資料の多さにも驚いたけどそれよりも驚いてしまったのは、


「うわ、きったな!けほっ埃っぽい・・・。」


 カウンターが本や紙で山積みなのは扉の外からも見えていたが、図書館全体が汚部屋のごとく散らかっていた。

 本の並びは作者順でもタイトル順でもなく、本の内容ごとにも分けられておらずめちゃくちゃ。棚は入れられるだけ詰め込んだらしく引っ張って容易く取れるような状態ではなかった。棚を増設したようだがそれでも本が収まりきらず棚の上や床・通路の上に置かれてしまっている。しばらく掃除もされていないようでかなり埃っぽかった


「職員常駐していないの?」


 楓は思わずため息が出てしまった。職員が常駐しているならこんな状態にはまずならない。こんなに規模の大きい図書館で職員を常駐しないなんて、一体どういうことなんだろう。

 そんなことを考えながらも、職業病かテキパキと棚や本を整理し始める。棚の上で山積みになっている本はカウンターからブックエンドを探し出しとりあえず並べられるようにし、床に置かれている本は先ほど返された箱を使い一部ではあるが並べる。それを棚と棚の間に置かれている椅子の上に取り急ぎ置くと少しはマシになった。本当は全部同じようにしてしまいたいけど箱が足りない。


「こんなに酷い図書館初めて見た・・・」


 掃除もされていないらしく、これまたカウンターからハタキを見つけ棚の上の埃を下ろし、山積みになっている本の間に塊になっている埃と一緒にほうきで集めてひとまとめにする。本の山積みになっている中から腰くらいまで高さのあるゴミ箱を見つけカウンター横まで移動させ、埃はその中に投げた。仕上げに窓を開けて空気の入れ替えをする。


「これでやっと1階が終わった!」


 気がつけば30分ちょっと時間が経っていた。帰りが遅くなれば流石にロゼッタに心配されてしまう。


「もう帰ろう」


 キリがいいので掃除の手を止めアーキュエイトへ帰った。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


「図書館埃っぽくて嫌なんだよな〜。ついつい休憩とりたくなるよ」


 図書館の目の前でぼやくと男性は、嫌々図書館の扉を開く。


「あれ?さっきより埃っぽくない・・・。」


 ぐるりと見渡すといつもと様子が違うことに気がつく。


「本が整頓されてる。あ、ゴミ箱がこんなところに!探してたんだよな」


 カウンターに座り図書館の1階が綺麗になっている様を見て感動しているが、疑問が一つ。


「いったい誰がやってくれたんだ?」


 彼の疑問は静まりかえった図書館の中へと消えていった。

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