第5話 初仕事
明くる朝、差し込む日の光で起きるとすぐに身支度をすませた。身支度を終えて時計を見ると、日本と同じ見方であっているなら朝7時15分を指している。ロゼッタが楓を迎えにくると、一緒に下へ降りた。昨日は作業場だと思っていたけど、奥まで入ると事務所がある。中には奥の方に向かい合った事務用のデスクと2つと人1人通れる通路を挟んで作業室側にもう1つデスクがあった。こっちはロゼッタのデスクのようで、ロゼッタが自分の荷物を置く。楓が使うのは奥の方のデスクだ。
「あなたにお願いしたいのは、郵便物の処理と文書の管理、それから従業員の勤務に必要な書類作成ね。郵便物は内容を確認して必要なものとそうでないものの仕分け、必要なものは私が確認するから私のデスクにおいて頂戴。それと、取引先との契約書だったり取引で生じた書類を経緯が分かるように一つにまとめて管理するって感じ」
壁にある棚を見ると、背表紙を付けられたファイルがズラーっと並んでいる。綺麗に整頓されていた。
「総務事務ということですね」
「まあ、そういうこと。それから、経理のマリアンって子がいるから、その子と仲良くね。作業場にも誰かしらいるけど、向かい合わせに座ってるし事務所は基本的にマリアンとあなただけになる時間が多いから。それから、仕事をしてみて出てくる細かい疑問とかはマリアンに聞いて頂戴。事務がいない間はマリアンに兼務してもらってたの。まあ気のいい子だから大丈夫だと思うけどね」
「わかりました。お客さんがきた際にお茶だしはしますか?」
「そうね、それもお願い。お茶の場所だとかもマリアンが知ってるから彼女から聞いて頂戴ね」
「はい」
持ってきたメモ帳に言われたことを全てメモしていく。最後に<困ったらマリアンへ>と書いて丸で囲った。
「このデスクは自由に使って。基本的な筆記用具は机の中に入ってるけど、自分が使いやすいものを使ってもらって構わないわ。その場合は自腹で用意してね。」
「はい」
デスクの引き出しを見ると万年筆とインク、それから定規が入っていた。
「お給料だけど、最初の1ヶ月は試用期間だからお給料は7割ね。その次の月からは10割になるから。8時から17時の勤務で最初は30万セントだから、試用期間の間は28万セントお給料として渡すわ」
「えっと、それって王都では普通ですか?」
この国でかかる生活費も分からないため率直に疑問を口にする楓に、ロゼッタはええ、と頷いた。
「その代わり税金は自分でやってね」
「(なるほど、税金は別か)分かりました」
「それから、事務の仕事以外にもお願いしたいことがあるのよ」
事務の仕事以外とロゼッタは言うが、楓には皆目検討がつかなかった。
「なんでしょうか」
「最近デザインがマンネリしてきてるの。でも、あなたの服を見たときはかなり新鮮だった。あなたの服は故郷の独特のものだってジョンは言ってたけど、私にあなたの出身の村のことだったりを教えて欲しいのよ」
楓にとっては、何かと思えばといった感じだった。お世話になるのだし、それくらいどうということはなかった。
「もちろん、いいですよ」
「ほんと!?助かるわ〜。もちろん、その報酬は別途支払うから、よろしくね!」
「報酬もらえるんですか!こちらこそ助かります」
「ということで、こっちに来たばかりでいろいろと物入りでしょうから昨日の分の報酬を渡しておくわね」
ロゼッタさんは事務所に置いていた鞄から財布を取り出すと、いくらか出して楓に渡す。
「はい、10万セントね」
ん?給料の3分の一??報酬高すぎない??
「えっと、ロゼッタさん、もしかしてこれはもらいすぎではありませんか?」
「何言ってるのよ。あなたからアイディアをもらってるようなものなのに、はした金払ってたらこれからも協力してもらえないでしょ。最悪恨み買って刺されちゃうわ。それに、服のデザインにはあなたの名前も出すから、ちゃんとしておかないと」
「名前、出るんですか?」
実際デザインをするわけではないので名前なんてのらないと思っていた。楓の名前をのせるということは、ロゼッタもその方が自分のキャリアとして出せるわけだが、そうしないと宣言したようなものだ。
「そう、あなたからインスピレーション受けた服はカエデシリーズって名前をつけて売り出そうと思ってるの。うちの店結構信用があるからそれなりに売れるのよ。それくらいは受け取って頂戴」
「はあ・・・」
まだアーキュエイトの知名度をよく知らない楓にはピンとこなかった。ロゼッタは呆れた様子でため息をつき両手を腰にあてる。
「わかってないわね?あとでデヴォラにも聞いてみてご覧なさい。とりあえずそれは取り急ぎの生活に使ってね」
「わかりました」
とりあえずこれは受け取ってもいいらしい。たしかに初期費用はかかるだろうからすごい助かるけど、まず、この国の通貨価値を知りたい。
「ちなみに、王都でひとり暮らしの部屋を借りようとしたらいくらかかりますか?」
「月4万セントくらいかしらね。場所にもよるけどこの近辺はそのくらい」
「なるほど」
都市部よりはちょっと安いくらいだ。あとは税金なんかもおいおい確認しなければならないが、まずは家を探さないとずっとここに泊まらせて貰うことになってしまう。
「家探すならお客さんで不動産屋してる方いるから紹介するかい?」
「重ね重ねすみません」
「何謝ってるんだい。従業員のことなんだから当然よ」
なんでこんなに信用してくれるのか分からなかったが、家を借りるのに紹介があったほうが借りやすいだろうし、楓にとってはありがたい。
「よろしくお願いします」
「そう言うと思って電話しておいたから」
「え」
「ずっとあそこに泊まってもいいけど、職場と家が一緒って嫌でしょ?」
老舗洋服店の店長はさすが仕事が早かった。
「親子ともどもうちの店のファンで、新しいデザイン出来上がるとすぐ食いつくのよ。そのことも伝えてあるからきっと今日中に来ると思うわ」
「そんなに早く?」
さすがに都合もあるだろうし今日は無理じゃないのかな。と思っていると顔に出てていたのか。ロゼッタがふふっと笑う。
「大丈夫よ。きっとすぐに来るわ」
楓が口を開こうとしたとの時、バタンと事務所の扉が開く音がした。従業員が出社してきたのだ。
「おはようございます」
「ざいまーす」
「おはよう、もうこんな時間ね」
時計を確認するともう7時55分になっていた。続々と職員が出社してきて、ロゼッタさんのデスクの前にある出勤簿にチェックをつけるとそれぞれの持ち場へ着く。その中の1人が事務所内のデスクへ向かうと、楓に気づいたのか2人の前で立ち止まる。
「店長、こちらはもしかして?」
「ええ、事務の補充。今日から働いてくれるカエデよ。仲良くしてね」
「カエデです。よろしくお願いします」
挨拶をすると、マリアンは楓に手を伸ばし握手をする。とりあえず歓迎されていることは分かり安心した。
「よろしくね、私はマリアン。経理を担当してるの」
「事務も兼務されてたと聞きました」
「そうね。だからあなたが入ってくれて助かるわ」
「早く覚えられるように頑張ります」
楓の仕事初日は午前中にマリアンからロゼッタから聞いた仕事の詳細を教えてもらい、午後からは月末なので来月に必要な従業員用の書類の作成して終わった。以前の書式を参考にして書類を作っていく中で日本語で書いてないのに読める、そして日本語で書いたら自動的に文字が変換されることに気づいた。これは一体・・・。
それはさておき、印刷機があるのは幸いだけど、書類を作る時はタイプライターが主流で、打ち間違えれば最初からやり直さなくてはならなかった。パソコンの偉大さを思い知った1日だった。早く誰かパソコン開発して。
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