第4話 洋服店 アーキュエイト 2

 ロゼッタの噂話をしていると、それを聞きつけたのかと思うようなタイミングで本人がバーンと扉を開き興奮した様子で飛び込んできた。手にはデザインの書かれた紙が握られている。


「出来たよ!明日早速パターンを作って縫製に入るからね!」

「出来ましたか、店長。ジョンたち待ちくたびれてますよ」


 ロゼッタがデヴォラに駆け寄るとデヴォラは席を立ち、そのままロゼッタを同じ席に座らせる。


「あら、ごめんなさい。でも、思いついたことは直ぐに紙におこさないと忘れちゃうからね」

「いつものことだから気にしてません。それより、さっき話したカエデの話なんですけど」

「カエデ?ああ、そうだった。あなた採用!」


 話を本筋の戻そうとジョンが楓を話の引き合いに出すと、ロゼッタは楓を指差し高らかに宣言した。その瞬間デヴォラはピシリと固まる。まさかこんなに簡単にOKを出すと思わなかったのだろう。衝動的に出そうになった言葉を飲み込み、少し考えて口を開く。


「店長、さすがにちゃんと確認してからの方がいいのでは?」

「え〜?必要かい?素性ならさっきジョンから聞いたし問題ないよ」

「一応王家からの信用がある店ですし、店長のデザインを盗みにきたという可能性だってあるじゃないですか」


 楓も慌てて言うと、ロゼッタはカラカラと笑う。


「え〜?こんな見たこともない服着てる子がデザイン盗むわけ?」

「売り上げを盗もうとしている可能性はだってあります」

「それをあんたが言うのかい」


 少し凄んでみると、ロゼッタは少し考えて、ポンッと膝を叩く。


「まあ、そうだね。じゃあ最初の1ヶ月は試用期間ってことでいいかい?」

「雇うことは決定なんですね・・・」


 デヴォラは眉間を指でグリグリっと揉む。デヴォラの心配は当然だ。商売をしている以上は従業員が店の不利益になるようではいけない。ロゼッタも普段ならそれは重々承知しているはずだが、それをデザイン欲が上回ってしまっているらしい。妥協しているようで、結論は譲らないつもりだということをデヴォラは経験上知っていた。


「1ヶ月でいいんですか?ここはほとんど家族経営だと聞きました。いきなり私のような人が入ったら他の方も納得されないのでは?」

「だからこそみんな知ってんのよ、私は言い出したら聞かないって」


 楓の疑問にロゼッタは胸を張って答えた。そんなロゼッタにデヴォラはため息をついて、そして諦めたようだった。


「たしかに、店長が決めたことで悪い結果になったことがないんですよね」

「ならいいじゃない。カエデだったかい?細かいことはこれから決めていくけど、とりあえずこれからよろしくね」


 ロゼッタが手を差し出され、その手を取るとギュッと握る。温かくて、厚みのあるふっくらとした手だった。


「よ、よろしくお願いします!」

「よろしく、カエデ」

「よろしくお願いします!」


 楓がロゼッタとデヴォラと握手すると、話は終わったと判断したジョンとアナスタシアは席を立った。


「カエデ、よかったね。ロゼッタさんが住むところも用立ててくれるだろうから、お世話になるといいよ」

「まかせて頂戴。今日はとりあえず休憩室で寝てもらおうかね。泊まり込みに備えてベットはあるから大丈夫」

「そこまでしてくれるんですか!?」

「もちろん、来たばかりで他に伝手もないんだろう?任せなさい」

「お世話になります」


 ロゼッタに頭を下げると、


「なに言ってんのよ。もううちの従業員なんだから当然でしょ!」


 と肩をバシバシ叩かれた。日頃重たい生地の束を運ぶロゼッタの力は強くカエデは前に押し出されるようだった。


「じゃあ、僕たちはこれで」

「ジョンさん、アナスタシアさんもありがとうございました。店の外まで見送りますね」

「ありがとう」


 馬車まで戻ると、ドアが開いた音に気づいたロサルタとレベッカが出てきた。


「おう、決まったか」

「おかげさまで。まずは試用期間ですが、頑張ります」

「頑張って〜」

「みなさん、何から何までお世話になりました」


 楓が頭を下げると、いいのいいのとジョンが言う。


「それじゃあ、月に一度はアーキュエイトにくるから。また会いましょう」

「はい。またお会いした時にはぜひお礼をさせてください」

「わかったよ、なんか考えとく。じゃあまた」

「それでは」


 キャラバンのみんなが馬車に乗り込むと、街の中へ消えていった。


「さ、休憩室を寝室にするから手伝って頂戴」

「はい」


 楓とロゼッタはお店の二階へと向かった。

 お店の2階に上がると廊下を挟んで二つの部屋に区切られていて、楓は左手の部屋を借りることになった。デヴォラさんがタオルやシーツ類を持ってきてくれる間に部屋を片付ける。


「とりあえず、こんなものかしらね。今日はここで寝て頂戴」

「ちゃんとマットレスまであるんですね」

「ほんとは泊まり込まなくていいように働ければいいんだけど、どうしてもっていう時もあるのよ。うちの店はちゃんと働いて、ちゃんと休むのが泊まり込みの条件」

「おまたせしました」


 デヴォラがシーツを持ってきてくれたので、マットレスに敷いて掛け布団をかける。


「労働環境に気を配ってらっしゃるんですね」

「この店は働きやすい方だと思うわよ」

「あらー、よかった。でも、なにかあれば教えて頂戴」

「ええ」

「カエデもよ?」

「わかりました」


 日本でこれを真に受けて言ったらとんでもないことになる。もう少し様子を見ないといけないと楓は思っていたが、それが杞憂だということは近いうちに知ることとなる。


「さて、仕事の話はまた明日。詳しい内容と待遇も明日ね。今日はもう寝なさい」

「おやすみなさい」

「「おやすみ」」


 ロゼッタとデヴォラは部屋のランプを消して出ていった。すっかり疲れていた楓はあっという間に眠気が遅い、横になるとすぐに寝息を立てていた。

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