第3話 洋服店 アーキュエイト 1

 王都は円状の城壁に囲まれていた。馬車は放射状にめぐらされている街路をスイスイと進み、王都の中心へ近づいていく。もう少しで王都の中心に出るというところで馬車は止まった。


「アーキュエイトについたよ。まずは商売商売!」

「じゃあ今回は私行ってくるわね。ロベルタとレベッカは馬車をお願い」


 ジョンとアナスタシアが馬車を降りて生地を持って店に入り、あとの3人は馬車に残る。


「いつも誰かが残るようにしてるんですか?」

「まあね〜。泥棒とかいるからね〜。最悪馬車ごと取られたりするし、一人で残って何かあってもいけないから必ず二人ずつでってしてるよ〜」

「大きい街だとやっぱそういうのに合う確率高えからな。予防だな」


 ロベルタは肩を竦めた。大きい街だけあって治安はさほど良くはないようだ。

 二十分くらいほど経って、ジョンとアナスタシアが店から出てきた。楓に手招きをしている。


「呼ばれてるのかな?」

「そうだな。行ってこい」

「はい」


 馬車を降りて2人に近寄ると、促されて一緒に店の中に入った。喫茶店で聞くようなドアベルが鳴る。店内は生地のあるコーナーと服飾のあるコーナーの半々になっていて、かっちり系の服が多いように見えた。働く人向けの服がメインで圧倒的に男性のものが多い。お店の中を眺めていると、店の奥から40代くらいの女性が目を輝かせながら出てきた。彼女が店長、ロゼッタだった。


「あらー、その子ね!見慣れない服ってこれね?」


 ロゼッタさんはまず正面をじっと見て、それからクルクルと楓の周りを回りながら時々服に触れたりぶつぶつ呟いたりしながら何かを確認している。それをしばらく繰り返すとようやく気が済んだようで、楓から離れるとぶつぶつ言いながら店の奥に引っ込んでしまった。


「えっと、これは・・・」


 置いていかれて呆然としていると、ジョンが楓の肩を叩く。


「気にしなくていいよ。彼女、いつもそうなんだ。デザインが浮かんだら話聞こえないし、書き上げるまで戻ってこない。その間他のことは全部中断。それが商談でもね」

「ということは何度かこういったことが?」

「珍しくないわね。特に王都の外から人が来ると多いかしら」

「ということで、待とうか。お邪魔します」

「どうぞ」


 近くにいた女性の店員に声をかけると慣れた様子で店の奥に入っていくジョン。アナスタシアもそれに続いてしまったので楓も一緒についていく。店の奥には廊下の左右にそれぞれ部屋があり、一つは作業場、もう一つは休憩室になっていた。廊下の先には階段があった。作業場ではロゼッタさんが夢中で机に向かっているのが見える。ジョンは休憩室に入ると、3人がけのソファに腰掛けた。


「いつもああなったらここで休ませてもらうんだ」


 アナスタシアと楓もジョンに向かい合う形でソファに腰掛けた。


「へえ、もうお店の人も慣れっこって感じですね」

「そうね。お店としても立たせたまま待たせるわけにいかないから休憩室があるのよ」

「ここは従業員と兼用ですか?」


 部屋の中をぐるりと見回すが、よく見れば調度品もありソファも革で作られたものが置かれていて、応接室のようにも見える。


「従業員用は2階にあるみたいよ。休憩中にお客さん来たら休憩できないものね」

「たしかに。おちおちごはんも食べられませんね」

「そうだよね。商談もここでやるみたいだけどね」


 さらに部屋をぐるりと見ていると、先ほどジョンが声をかけた店員が飲み物を持って来てくれた。


「もうちょっと待ってて」

「どうぞお構いいなく。いいデザインが出来るといいわね」

「そうね。さ、最近店長が気に入ってるお茶入れたから、戻ってくる前に飲んじゃいましょう」


 そういうと店員さんはジョンの隣に座ってしまった。まだ開店中だったのではないのだろうか。


「お店の方はいいんですか?」

「もう時間的にあと少しでおしまいの時間だったんです。それにああなったロゼッタさんは易々と戻ってきませんから、お店開けててもお客さん待たせちゃうことも多いんですよ。だから、今日はもう店じまい」

「そうでしたか。なんだかすみません」


 結果的に商売の邪魔をしてしまったんじゃないかと申し訳なくなって謝ると、むしろ笑われてしまった。


「私としては午後からずーっと忙しかったので、正直言うとちょうどよかったんです」


 店員さんは先にお茶に手をつけると、リラックスしてしまっている。


「そうは言っても仕事中だろう、デヴォラ?」

「あなたたちとは兄弟のようなもんなんだし、お店も閉めたわけだし、別にいいじゃん」


 デヴォラさんと呼ばれた店員さんはすっかりオフの顔をしている。


「えっと、」

「ああ、デヴォラは同郷なのよ。年も近いからよく遊んでいたわ」


 道理で2人と話すときのデヴォラはラフな話し方をしている。


「そういうことなんですよ、新顔さん。デヴォラさんが戻るまで多分30分くらいはかかりますから、どうぞごゆっくり」

「ありがとうございます」

「それにしても、見たことないデザインの服だわー」


 デヴォラが膝に肘をつきじっくりと楓を見る。それに気づいて楓が見返すとハッとして頬をポリポリとかく。


「不躾でしたね、ごめんなさい。私もデザインするんです。まだ見習いだけど」

「そうでしたか」

「実はロゼッタさんにこの子、事務で雇ってみない?って相談をしたかったんだけどね」

「事務?ああ、最近1人辞めたわ。まだ代わり見つかってなくて」

「実はこの子も仕事探しててさ」

「あら、丁度いいじゃない。でもまあ、ロゼッタさん次第だよね。あの人が気にいるかどうかがうちの採用条件だから」


 明確な労働基準法がないこの国では、雇用主が雇用条件を決められる。


「そういう意味では可能性高いでしょ?多分ロゼッタさんのインスピレーション刺激しまくったと思うんだよね、カエデの服」

「たしかに。髪型とか雰囲気もそうだけど王都の人たちとは違うし、ロゼッタさんにとっては刺激になるかもしれない。最近デザインがマンネリだって言ってたからそういう意味でもちょうどいいかも」


 デヴォラは大きく頷いた。よほど思い当たるところがあったらしい。

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